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「もし小林陵侑が飛んでいたら…」打ち切られた“幻の3回目”の真実「日本の関係者全員が『できただろう』と…」船木和喜が感じた“小林の心の叫び”
text by

松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byTsutomu Kishimoto/JMPA
posted2026/02/23 17:01
スーパーチームで3回目のジャンプを飛ぶことができなかった小林陵侑
船木は言う。
「ブランケットをかぶって、ずっとあそこで待たないといけない理由が実はあります。その前にスーツの検査をしているんですよ。その検査で合格したから、ゲートの近くに行けるんですけど、あそこから動くと、また検査をし直さないといけない。だから選手はそこで自分の番を待っているしかないんですよ。
もちろん、体が冷えると、やっぱり動かなくなりますし、悪い条件で待っているのは選手にとってすごいストレスになっていきます。ストレスがかかったときにふだんと同じジャンプが飛べるか、同じパフォーマンスができるかと言ったら、簡単なことではありません。待つ時間が長くなりすぎたらよくない、不公平になる。それも打ち切りとなった要因の一つだったと思うんですよね」
もし小林が飛んでいたら「一番だったんじゃないか」
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その上で、船木はこう語る。
「でも、そういう条件でも、小林君は必ず飛ぶと思いました。日本の試合でそういう経験をたくさんしているんですよ。待つ間の行動とか心の持ちようというのも経験した選手と経験してない選手は、やっぱり違うと思うんですね。小林君に対して、ヨーロッパの選手は、あのような雪の状況に対応した経験がない。だから、残っているジャンパーは3名でしたが、あの3名の中でいちばん飛んでいたんじゃないかという期待が持てました。
二階堂君が3回目のジャンプをして暫定2位に上がって、ここから逆転するんじゃないかと皆さん、予想していたんじゃないかと思うんですけど、そう考えると残念さが増すんですよね。小林君の言葉には、『優勝できたかもしれないのに』という心の叫びも込められていたんじゃないかと思います。
重ねての話になりますけど、イタリアじゃなく、日本だったら、打ち切りにしないでできていたと思います。条件を一定にそろえる技術もありますから。日本が他の国と比べて優秀だということではなく、各国、技術があると思うんですけど、あのような状況に対する蓄積された経験は日本にしかないですから。
だから日本の関係者は『あれはできただろう』と全員が思っているんじゃないでしょうか。無理だと思う人は一人もいないと思います。二階堂、小林の2人は、だからすごく悔しい思いをしていると思いますよ」

