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スキージャンプ“日本に不利益なルール変更”は真実か? 岡部孝信「スキー板が5、6cm短くなった」当事者の“本音”「それでも不利とは言いたくない」 

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松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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posted2026/02/10 11:52

スキージャンプ“日本に不利益なルール変更”は真実か? 岡部孝信「スキー板が5、6cm短くなった」当事者の“本音”「それでも不利とは言いたくない」<Number Web> photograph by Number Web

長くスキージャンプの第一線で活躍した岡部孝信。現在は雪印メグミルクのスキー部総監督を務めている

 そのうえで、岡部自身の成績が落ちた理由を、こう話した。

「不利と思い込んで、短いスキー板だから違う飛び方をしなければいけないと決めつけて、違うジャンプに取り組んだ。浮力が少なくなるから、極端に言うと今までより少し上に飛び出さないといけないと思った。それがだめだったというのがあります」

「変える前の通りにやった方がいいんだと気づいた」

 試行錯誤は功を奏さず、2002年のソルトレイクシティ五輪では日本代表を逃した。

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 だが岡部は復活する。2005-06シーズン、ワールドカップ総合ランキングで12位にまで戻し、トリノ五輪の代表にも選ばれたのである。

「変える前の通りにやった方がいいんだと気づいたんですね。そこにちょっとプラスアルファしていけばいいんだ、と。結局はルールを気にして、自分から崩れていったんですね」

 一方でこうも語る。

「やっぱり身長が小さいと、大きい選手より難しいとは思いますけどね。戦っていくにはほかの選手より技術が必要になってくる。大変は大変です」

 それもまた、競技者としての実感ではあるだろう。

最年長でW杯優勝、39歳で五輪代表入りの偉業

 復調した岡部は、2009年、金字塔を打ち立てる。3月10日、フィンランド・クオピオで開催されたワールドカップで優勝したのである。

 それは2つの点で、強烈なインパクトを与えた。実に11シーズンぶりのワールドカップ優勝であったことが1つ。もう1つは、葛西紀明が保持していた最年長優勝記録31歳8カ月を大幅に更新(当時)したことだ。岡部はこのとき38歳4カ月。国内はむろんのこと、ジャンプの本場である欧州でも大きな反響を呼んだのは自然なことだった。

 その翌シーズンのバンクーバー五輪には39歳で代表入り。年齢もさることながら、1994年リレハンメルを起点にすれば16年、トップジャンパーとして活躍したことになる。

 低迷期を味わい、引退していてもおかしくない年齢でワールドカップ優勝を果たした。

 その原動力を岡部はひとことで語る。

「勝てると思っていましたからね」

 そして続ける。

「なんの根拠もないですけど、絶対に勝てると思っていた。国内で何十位、というときもあったけど、そのときも世界で勝てると思っていた。復調していけば、自分のジャンプができれば勝てると思っていましたね」

【次ページ】 指導者に転身した当初は「俺の方が飛ぶんじゃないか」

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