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「繰り上げだけは勘弁してくれよ」箱根駅伝の監督会議で“見下された”日本学連選抜の怒り「もはや、寄せ集めチームではない」箱根で奇跡を起こすまで
posted2026/02/07 06:00
2004年の第80回箱根駅伝で激走した「日本学連選抜チーム」の主将・中川智博さん。当時は京都産業大学の4年生だった
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NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
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「打倒、関東」チームに火をつけた“ある事件”
2003年12月上旬、千葉の検見川にある東大グラウンドで日本学連選抜チームの選抜合宿が組まれた。そこである「事件」が起きる。主将を務めていた京都産業大の中川智博が語る。
「確か1日目の夕方だったと思うんですけど、マネージャーをしてくれていた鈴木君がプンプン怒っていて。理由を聞いたら、『オレは悔しい。監督会議に出席したら、他大学の監督から"繰り上げ(スタート)だけは勘弁してくれよ"と言われた』と。ようするに、足手まといになるなということですよね。それを聞いて、みんなの目の色が変わったというか。僕にも火がつきました」
マネージャーが他大学監督の発言を伝えると、チームの雰囲気が一変する。最年長の片岡祐介(北海道教育大旭川校大学院)が音頭を取り、選手だけで懇親会を開いた。近くのスーパーに買い出しにでかけ、ビール好きの片岡は缶ビールを傾けながら入賞への思いを熱く語った。
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それから「打倒、関東」がチームの合言葉になっていく。
「あれでチームに芯が通りました。翌日の練習は16000mのペース走でしたけど、集団で走って誰一人こぼれ落ちなかった。あれはもはや、寄せ集めチームの練習ではなかったですね」
チームの結束が強まっていくなか、主将の中川は入念な準備を続けていた。だがレースが始まってみると、エース格の白濱三徳(徳山大3年)が1区で失速。2区、3区と苦しい展開が続き、4区の中川もなかなか調子が上がらない。そんなチームの窮地を救ったのは、5区の鐘ヶ江幸治(筑波大4年)だった。
鐘ヶ江は9人抜きの快走で区間賞を獲得。チームの順位を16位相当から7位へと押し上げた。当時を振り返りながら、「もう、鐘ヶ江に『ありがとう』ですよね」と中川は涙を浮かべる。
「負け戦を勝ち戦にするのって本当に難しいんですけど、それを彼がやってくれた。改めて、すごいチームだったなって思います」
その後、日本学連選抜の赤い襷はどのようにして箱根路を駆け抜けたのか。「寄せ集め集団」が6位相当という結果を残すまでの軌跡は、本編でさらに深く描かれている。
<続く>
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この文章の本編は、以下のリンクからお読みいただけます。
