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告別式には出ずにW杯へ…亡き母が遺したのは「チャンスを無駄にするな」のメッセージ “ジャンプ界の新ヒロイン”27歳・丸山希の「一番への執念」秘話
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雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph byKiichi Matsumoto
posted2026/02/07 17:01
高校時代に亡くなった母からは「何かで一番になりなさい」と言われていたというスキージャンプの丸山希
その代わりに出場した野沢温泉開催の高校選抜では、参加人数の足りない女子コンバインドに駆り出されて優勝。ジャンプだけでないスキーのうまさ、強さはこの頃も健在だった。
「それなりに走れるのが先生にバレてしまうと、クロスカントリーの試合1回、(コンバインドは)翌年の高校選抜とジュニアオリンピックにも出た記憶があります」
と丸山は苦笑いした。
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久保田もその力を認めていた。
「僕も含めて周りのコーチはコンバインドをやったらいいんじゃないかとも考えていた。でも、本人はあまりやりたくなかったんだと思います。必死にジャンプの成績を出さないと、コンバインドになっちゃうんじゃないかと心配してたんじゃないですかね」
高校卒業後…選んだ進路は「女子部員ゼロ」の強豪!?
そうした周囲の思惑と危機感をどれだけ感じていたのか。高校を卒業した丸山は、AO入試を受けて明治大学に進むことを決めた。
最大の理由は県連で指導を受けた横川の存在が大きかった。横川は明大OBで、大学の指導にも携わっていた。丸山自身が「高校生の時点で勉強の方はもう一度やり直せるとは思えなかった」という状況で、母が言う「何かで一番」を求めるならジャンプを突き詰めるしかなかった。
久保田が笑いながら振り返る。
「普通は進学となると勉強メインで『どんな勉強をするために行くんだ?』と進学理由を聞くんですが、彼女はもう勉強じゃなくてジャンプでという意志が強かったのでそれは尊重して進めました」
ところが、ひとつ問題があった。
「明治には女子の枠がなかったんです。なので事前に(監督の)成田(収平)さんにも女子でも行けるか相談しました。明大は元々ジャンプの伝統がある学校で、ちょうど女子ジャンプも高梨沙羅さんたちで盛り上がっていた。タイミングもよかったんだと思います」
男子部員しかいない中にひとりで飛び込む。
それは丸山自身が「いま考えると自分でもすごいなって思います」という果敢な進路選択だった。
<次回へつづく>

