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告別式には出ずにW杯へ…亡き母が遺したのは「チャンスを無駄にするな」のメッセージ “ジャンプ界の新ヒロイン”27歳・丸山希の「一番への執念」秘話
text by

雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph byKiichi Matsumoto
posted2026/02/07 17:01
高校時代に亡くなった母からは「何かで一番になりなさい」と言われていたというスキージャンプの丸山希
「『家のことも手伝えない子はもういい!』って、大学の願書を破り捨てられました。どえらく怒られたので一番よく覚えてます(笑)」
ただ、末っ子の丸山だけでなく、他にも怒られ仲間はいたようだ。野沢温泉ジュニアスキークラブのコーチだった杉山豪も懐かしそうに当時を思い返す。
「僕もよく怒られましたよ(笑)。『娘のケツが四角くなってきたけど、どんな練習させてんですか』って。そんなこと言われてもねえ。ちゃきちゃきして元気なお母さんでした」
母の容体急変…でも「チャンスを無駄にしちゃいけない」
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そんな信子さんの容体が危うくなったのは、丸山の高3の1月。翌週には札幌で初めてワールドカップに出場しようかというタイミングだった。すでに北海道にいた丸山だが、知らせを受けて急いで駆けつけた。
ところが、告別式に参列することはなく、すぐに札幌にとんぼ返りすることになった。それは丸山の意思というより母の遺志だった。
「母が父に伝えていたみたいで、せっかく自分でつかんだチャンスをもう変えられないことのために使うんじゃないって。なので帰ったらもう北海道行きのチケットが取ってあって、また札幌に戻ったんです。当時は『え? これで私、札幌に行くんですか?』と思いました』」
戸惑いながら向かった初めてのワールドカップは、予選で50人中41位に終わり、翌日の本戦に進むことはできなかった。71.5mを飛んだその試合自体の記憶も丸山にはほとんど残っていない。だが、強行軍で出場した経験が無駄だったのかといえばそうではない。
「そうやってチャンスを無駄にしちゃいけないというメッセージは、今に繋がっていると思います。私はお葬式に出られていないので、母の最後の姿は見られていません。だから母がいないという実感がまだ薄いというか……。だから、会話はもちろんできないですけど、自分の中では母が近くで見てるんじゃないかという気がするんです」

