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大学野球PRESSBACK NUMBER
「無名中の無名」選手がナゼ“阪神からドラ3”指名? 中学は軟式、高校は1日45分練習…岡山の公立進学校→国立大からプロ入りの「野生児の正体」
text by

清水岳志Takeshi Shimizu
photograph bySankei Shimbun
posted2026/02/02 11:01
昨秋のドラフトで阪神から3位指名を受けた筑波大の岡城快生。高校は岡山の公立進学校で、野球では全くの無名選手だった
「テストの成績は学年で350人のうちの100番には入っていたぐらい」
練習の後、帰宅途中に週に4日ほど塾にも通った。部活が終わってからは一日10時間の猛勉強をした。
「親から勉強しなさいと厳しく言われたことはなかったです。でも、成績が悪いのは自己責任なので、自分を律して見つめる力は養われたと思います」
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文系で英語が得意科目だったという。共通テストで7割2分ほど得点して、筑波大の体育専門学群の2次試験の実技に臨んだ。専門の野球が400点配点。50メートル走、キャッチボール、トスバッティングがあった。ほかの種目はバレーボールを選択した。模擬試験段階では安全圏ではなかったというが、見事に合格を勝ち取った。
高校時代の野球部の同級生は9人いて、高知工科大や岡山大などほとんどが国立大学に行っているという。
筑波大の同期は30人ほどが入部した。選手として入学当初の印象はどうだったのか。筑波大学の川村卓監督のコメントを拾ってみる。
《受験勉強後のリハビリ中という感じで、よくいる県立校出身の中の一人。足と肩以外は何もないかなと。4年生になったらレギュラーを取れるかな》
やはり、無名の目立たない部員だったようだ。
当時を東條が振り返る。
「足が速くて、肩が強くて投げるボールも半端ない。形はめちゃくちゃなんですが潜在能力があった。Aチームで高校からのポジションのショートで育てたいと思ったんですが川村監督が難色を示したんです」
次の年、花巻東から宮澤圭汰というショートが推薦で入ってくることがほぼ、決まっていたからだという(宮澤はちなみに2026年度主将を務める)。
転機となった「外野へのコンバート」
競わせても岡城に酷だ、というものだった。そこで浮上したのが外野へのコンバート案だった。本人は出られればどこでもよかったという。
「外野はやったことはなかったです。専門のコーチはいなかったですが、先輩や川村先生に教えていただいた。基礎からやってもらって、変な癖はつかなかったです。フライの感覚は難しかったですが、なんとか、順応できたかなと」
2年の春に公式戦デビューを果たすが、打撃が振るわず終盤はスタメンから外される。そして春の最終カードで大けがを負う。レフトの守備で平塚球場のフェンスに激突して右膝を骨折した。

