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棚橋弘至49歳の引退はなぜ感動的だったのか? 報道陣が拍手した“ある言葉”…「ブーイングも浴びた」プロレスラー人生の最後に見た“超満員の東京ドーム”
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原悦生Essei Hara
photograph byEssei Hara
posted2026/01/07 17:02
49歳の棚橋弘至は1月4日、超満員札止めの東京ドームで26年間の選手生活を終えた。ファンに別れを告げる「100年に一人の逸材」
ついに解禁「疲れた…」に報道陣も拍手
棚橋は2012年からオカダとのやり取りのなかで「疲れない」ことになっていた。それで、日常でも「お疲れさんでした」と声をかけられても「疲れてないです」と返していた。
「今、言っとかないと、一生言えないと思うんで言います。ああ、疲れた。2012年から14年間、疲れたって言ってなかったんで、14年分の“疲れた”を僕ストックしてますんで。ああ、疲れた……」
棚橋がそう言うと会見場の報道陣から拍手が起きた。
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「“疲れた”って言って拍手が起きたの、たぶん人類で最初の人ですよ」
棚橋は入門から引退まで新日本プロレス一筋だった。そんなに好きな新日本プロレスを追われそうになったこともあったが、それはアントニオ猪木の特異な発想の感覚で救われた。
「新日本プロレスが好きだからです。僕をここまで成長させてくれたのは新日本プロレスだから」
1998年4月、猪木の引退試合を東京ドームのスタンドで見た棚橋は1999年にデビューした。それから26年が過ぎ、10カウントを聞く立場になった。
棚橋はトロッコに乗り、場内を一周してファンに応えた。
「プロレスラーになってよかった」と胸を張って言える。
私も最初の頃は棚橋がピンとこなかった。U-30もなんかずれていると思った。だが、やがて、一人でもがいている棚橋を感じ取れるようになった。そんなに話したことはないけれど、棚橋には不思議な親近感を覚えた。
棚橋はこの1年にわたる引退ロードをイベントを含めて精力的に過ごしてきた。熊本のビアホールでも偶然一緒になったが、ゆっくり飲む暇もなく笑顔でサインに追われていた。
一昨年の10月に棚橋引退の発表を聞いて、そういう歳になったんだな、と頷いたのに、だんだん調子が上がっている。この1年で多くのシングルマッチを見た。EVILに始まって、後藤洋央紀、辻陽太、Yuto-Ice、藤田晃生。こんなに動けるなら、もしかしたら引退するのをやめたくなったんじゃないかと思って、聞いてみた。
「それは一度もないです」と棚橋はあっさりと否定したが、「プロレスラーでなくなる自分に怖さを感じたことはあった」と言う。


