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箱根駅伝PRESSBACK NUMBER
「『このヤロー』って思ったら、走っちゃう」箱根駅伝・駒澤大主将“暴走”からの成長…「箱根に縁がなかった」総合6位でもチームに残したもの
text by

佐藤俊Shun Sato
photograph byYuki Suenaga
posted2026/01/06 11:03
故障明けで最後の箱根に挑んだ駒澤大主将の山川拓馬。悔しい結果に終わりはしたが、後輩たちに多くのものを残していったはずだ
陸上は、ただ走っているだけでは速くはならない。人間的な成長があってこそ、競技力は向上していくものでもある。山川のこの1年は、将来、大成するための準備期間であったようにも思える。実際、練習を含めていろいろ考えるようになった。
自分は、どんなランナーなのか。
感情で走っていた時から考えて走るようになってから、その答えが見えてきた。
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「大人になっていくといろんな計算が働くと思うんです。でも、昔から自分は走るのが好きで、負けたくないとか、速く走りたいとか、楽しいと思って走っています。練習もやらされるというより、自分から積極的にやりたくなっちゃうんです。そういう人ってなかなかいないですよね。自分は、思考が普通の人とちょっと変わっているマインドの選手なんだと思います」
箱根は、縁がなかった……
箱根8区は、区間4位。満足できるものではなかったが、そのマインドを表現した精一杯の走りだった。
レースを終えて、一通りメディアの取材が終わった後、山川は「これで自分の箱根は終わり。縁がなかったですねぇ」と苦笑した。1年時はチームは総合優勝を果たしたが、自身は5区4位。2年時が4区6位、3年時が5区4位と区間賞を一度も獲れず、ゲームチェンジャー的な走りができなかった。
それでも山川には、不思議と人を惹きつけるものがあった。いろいろな機会で取材することが多く、感謝の言葉を伝えると、「いえ、こちらこそありがとうございました。これからも駒澤大をよろしくお願いします」と頭を下げた。
最後までチームのことを考えて、動けるキャプテンだった。
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