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プロ野球PRESSBACK NUMBER
「オイ、藤川。モミアゲを切れ」“ドラフト1位”藤川球児18歳が野村克也に叱られた日…阪神監督就任時は不安の声「球児で大丈夫か?」独走優勝のウラ側
text by

内匠宏幸Hiroyuki Takumi
photograph byHideki Sugiyama
posted2025/10/23 11:40
セ・リーグ優勝を決めて胴上げされる阪神の藤川球児監督。9月7日の優勝決定は史上最速だった
「球児で大丈夫か?」監督就任時は危惧する声も
なんとも奇妙な「デビュー」となった藤川は以降、多くの個性派監督の下でプロ生活を送ってきた。ボヤキの野村、激情の星野仙一、そして「どん語」の岡田彰布……。独特の野球観を持つ名将たちのエキスを知らぬ間に蓄え、藤川は阪神の監督として45歳を迎えていた。
野村にプロの洗礼を浴びてから四半世紀と少しが過ぎた、2025年9月7日。超満員の甲子園には、胴上げされる藤川の姿があった。史上最速でのリーグ優勝。加えて新監督が優勝に導いたのは球団初のことだった。野村も星野も岡田でもできなかったことを、藤川はやってのけた。
岡田の退任が決まると同時に、球団は後任の人選に入っていた。候補は限られていた。若い球団OBに限定し、その中から藤川で一本化した。新世代のリーダーの誕生だったが、同時に「球児で大丈夫か?」といった不安がる声があったのも事実だった。引退後は主に評論家、解説者として活動しており、指導者経験がゼロのままでの監督就任を危惧する意見も出た。
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だが、藤川はそういった声に反論することもなく、黙って受け流すことに終始した。無駄口は叩かない。マスコミへの対応も必要最低限にとどめた。とにかく、自分の目で確かめる。チームの現状分析を冷静に続けた。野村や星野、そして岡田はそれぞれ独特の言い回しでマスコミを通じて話題を提供していたが、藤川はほとんどリップサービスをしなかった。
対メディアと同時に、OBとの関係にも変化があった。歴史のある球団だ。OBも多種多彩で、例えばキャンプ、そして公式戦中も多くの“大物”が姿を見せる。
新監督として話をするのが当たり前のところ、藤川はあえて距離を置いた。その時間さえ、選手を見ることに費やしたい。その姿勢を貫いたうえで、優勝時のインタビューでは「OBにうまく付き合えなかったこと」をわびている。阪神にあった慣習。それに囚われることなく、結果を出したのである。
そんな藤川が「明確に変わったタイミング」がシーズン中にあったという。本人を直撃して出てきた、意外な言葉とは……。
<続く>

