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「昔はヤンチャなやつもいた…」東大OB“伝説の弁護士ボクサー”なぜ44歳の今も練習場に? 令和の東大生にボクシングで伝えたいこと
text by

杉園昌之Masayuki Sugizono
photograph byNanae Suzuki
posted2025/09/18 11:04
今も青春時代を過ごした東大ボクシング部に顔を出している坂本尚志(44歳)。大学卒業にプロ転向し、現役弁護士ボクサーとしても話題を集めた
「『手足をちょこちょこ動かすのはボクシングじゃない』と言っていますね。体の使い方がすごく大事。僕自身も早い段階で気づいていれば、また違う選手キャリアになっていたかもしれません。高校までに他のスポーツ経験があれば、これまでの動きの延長でボクシングに応用できることもあります。3部トーナメントで優勝した伊藤朝樹はまさにそう。彼はテニス経験があり、重心移動などはボクシングに通じるところがあります。実際、パンチはありますからね」
3部トーナメント決勝のKO勝利に舌を巻きながら、帝拳ジムの先輩を思い出していた。ハードパンチャーで知られた元OPBF東洋太平洋王者の佐藤幸治もテニス経験者だったという。当時、プロボクサーの定年間近の36歳まで日本ランカー、日本タイトルマッチを目指し、現役にこだわった男も、いまやすっかり指導者である。
「選手時代は自分ができなくなれば、この競技ともサヨナラだな、と考えていたのですが、結局、やり残したことがあるんでしょうね。スパッと、次の道に行ければ、良かったのですが……。どのスポーツの世界でも、後悔を残さずに辞められる選手って、ほとんどいないんじゃないですか。僕も多少の後悔を残したまま、東大に顔を出したもんだから、いまもボクシングに関わることになっています(笑)」
「頑張っても、できない人はいる」
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現役時代から土曜日になると、OBとしてミットを持ち、時にはリングで胸を貸す。引退後、コロナ禍の時期は足を運べなくなったが、久しぶりに道場をのぞけば、面白い選手たちが数多くいた。特に同じ福井県出身の後輩で、キャプテンを務めていた医学部の4年生はよく覚えている。
「勉強もボクシングも一生懸命に頑張る努力家。理科二類から医学部医学科に進めるのは10人しかいないのに、彼はその一人でした」
戦い方を一から十まで教えなくても、自ら考えて努力できる学生たちが多い。もちろん、勘の良い選手たちがいるなかで、練習してもなかなか芽が出ない者もいる。たとえ、思うように成長できなくても、頑張りが足りないとは思わない。
「頑張っても、できない人って、いるんですよ。ただ、教える立場からすれば、そこであきらめていいかといえば、そうじゃないと思います。いかにできるようにするかを考えないと。教える角度を変えることも一つ。頑張る方向性を間違えていることもありますから。まず頑張っている姿勢を評価し、こちらが指導の方法を変える。頑張ろうとしている人には手を差し伸べたいです」
机に向かうばかりの人生を送っていれば、そうは思わなかったかもしれない。坂本は予備校に通わず、一浪の末に東京大学文科一類に合格し、在学6年目で司法試験をパス。勉強場所は、いつも図書館だった。
「自分の目標を“既成事実化”していました。俺は絶対に東大に入り、司法試験に受かると」
いずれも独力で目標を達成してきたが、ボクシングだけは一筋縄ではいかなかった。



