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女子体操・杉原愛子25歳「高校生の時より進化」10代選手たちの中でなぜ快進撃している?「アップも泣きながら…」今明かす“ケガに悩んだ壮絶な日々”
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矢内由美子Yumiko Yanai
photograph byL)Asami Enomoto、R)AFLO
posted2025/09/10 11:01
5月のNHK杯では劇的な優勝を果たした杉原愛子さんのインタビュー(第1回)
杉原は初代表となった15年から21年までつねに代表メンバーに名を連ね、より高度な技に取り組む必要性に直面してきた。それがゆえ、たびたびケガをし、苦しんだ。
18年ドーハ世界選手権では現地入りしてから腰痛が悪化。座薬をつかって強行したポディウム練習では4種目を通すのがやっとで、「試合当日は全体アップも泣きながらするくらいの痛み。これではチームの雰囲気が変わってしまう」(杉原)と考え、コーチ陣と協議の末に欠場を決めた。
オフの時期に手術をしたことも複数回ある。15年には右膝、18年には左膝の遊離軟骨除去手術を行い、20年には右足首を手術。慢性的な痛みをずっと抱えていたのだ。
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ところが苦難の前半から一転し、「ゆか」の演技の後半では明るく弾けるような笑顔が続く。東京五輪から1年後の22年6月に競技人生に一区切りをつけることを表明して一線から退き、心身ともにリセットされた状態で競技に復帰してからは、充実感や楽しさを存分に味わっているからだ。実際、23年6月の全日本種目別選手権で復帰を果たしてからは大きなケガに見舞われていない。
年齢を重ねて「技の質が上がっている」
「今は年齢も上がってきているし、体のどこに爆弾を持っているかも理解できています。やりたい課題はあっても、その日のコンディションによって変えたり、回数を多くやりたいなら基本をやったり、休む勇気も必要だと分かったり、考え方が変わりました」
杉原は充実感の理由をそのように語る。とはいえ、NHK杯という体操選手の誰もが憧れるビッグタイトル奪還の要因はそれだけではない。
「ルールが変わっているので点数の比較はできませんが、技の質は上がっていると思います」
胸を張ってそう言う。では、技の質を上げることができたのはなぜか。杉原は第一線から離れていた時期に、武庫川女子大学などで選手を指導した経験が生かされていると自己分析している。正しい基本の動きを学術的に理解したうえで練習を重ねたことで、技のひとつひとつが磨かれたのだ。
中でも飛躍的に向上したのはゆかのF難度技である「後方伸身2回宙返り」だ。
村上茉愛・女子強化本部長は「10代の頃の杉原選手は、練習ではできていてもケガがあって演技に組み込むまでは行っていなかったのだと思う。今は体が万全になり、だからできるようになったのではないか」と見解を語っていた。村上本部長はリオ五輪、東京五輪で杉原とともに団体メンバーとして世界と戦った盟友。杉原がどんな技をできるのか、合宿を通じてよく知っている間柄だった。
杉原にも聞くと、村上本部長の指摘と内容が重なる返答だった。「ゆかの伸身ダブル(2回宙返り)は19年にも何度か使ったことがあるのですが、基本の質が低かったせいでケガにつながることもあり、その時は最終的にチャレンジできませんでした。その後、選手を指導する側に立った時期があったことで正しい基本を理解しました。今の自分は東京五輪の時より質が上がっていると実感できていますし、だからこそ難しい技もできています」と自信を持っている。


