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“野球経験ナシ”の指導者が教えた東京下町「公立中の軟式野球部」からナゼ有力選手が続々輩出?「50m四方の校庭」で“西尾先生”が伝えたこと
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安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byJIJI PRESS
posted2025/05/24 06:00
DeNAの深沢鳳介(左)やロッテの横山陸人などプロ野球選手も輩出する上一色中学。下町の公立中の軟式野球部を導いた名指導者の軌跡とは?
そして、土屋投手と共に二本柱として上一色中を支えていた横山陸人投手とは、昨年、侍ジャパンの一員として活躍した千葉ロッテマリーンズの守護神の、あの「横山」である。
さらに横山投手の2年後輩で、同じ専大松戸高に進んだ深沢鳳介投手は横浜DeNAに進み、2023年にはイースタン・リーグでチーム最多勝の6勝を挙げたが、2024年ヒジ痛改善のトミー・ジョン手術を受け、今年中の実戦復帰を目指して、懸命のリハビリを続けている。
「中学の時がピークの選手なんかいませんよね。私の生徒たちは、できれば全員、野球が大好きなままで高校でも続けてほしいし、高校でもうひと伸びも、ふた伸びもしてほしい。私がやることは、その土台を作ってあげることだと思います」
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折に触れて、西尾先生が繰り返し語っていた「指導方針」。
高校でも目一杯練習して成長できるための、強い体を作ること。
バットを強く振れる瞬発力、強く振ろうとする意欲、強いボールを投げられる柔軟性、強く腕を振ろうとする意欲を植え付けること。
難しいことは「上で教えてもらえばいい」
細かいこと、ややこしいことは、「上で教えてもらえばいいことですから」と、選手たちにも求めなかった。
上一色中で西尾先生の薫陶を受けて、現在、高校、大学、社会人で白球を追うOBたちは、ざっと100人。
そんな中に、日大鶴ヶ丘高・住日翔夢投手がいる。
178cm83kg。都内ナンバーワン左腕と評するスカウトもいて、スピードガンの数字よりずっと速く感じるなかなかに打ちにくい本格派投手。タテ横のスライダーやフォークボールを、カウント球にも勝負球にも使えて、猛烈な腕の振りは変化球の時も変わらず、攻略困難な緩急を有する左腕だ。
3年前に、上一色中が全国大会で初優勝した時のエースピッチャー。その大会の初戦で投げ合って倒した聖心ウルスラ学園聡明中・森陽樹投手は、今季、大阪桐蔭高のエースとして、またドラフト1位候補として嘱望されている。
ある雑誌の取材で住君に会ったのが、西尾先生の亡くなった3日後だった。
亡くなる前後の様子を伝えたら、泣かれて、泣かれて、最初の30分はとても取材にならなかった。
「人間は、勝ったあとが肝心なんだぞって、その時、西尾先生から言われて。試合も何度も見に来てくれて、住ならやれる、住ならだいじょうぶ!って」


