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「藤井聡太さん級になるには言葉を捨てて…」悲痛な本音から5カ月後の3連敗「感想戦でいつも以上に笑顔だった」永瀬拓矢が再び“激白80分”
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大川慎太郎Shintaro Okawa
photograph byKeiji Ishikawa
posted2025/02/11 06:00
永瀬拓矢九段が藤井聡太七冠に挑んでいる王将戦。第3局の後、記者が聞いた「80分間の本音」、その内容とは
先輩記者に返事をしてから自分の心臓の鼓動が少しばかり早くなっていたのは、局面が佳境に差し掛かっていることもそうだが、永瀬が取材を受けてくれるかどうかという心配事を改めて意識したからに他ならない。
そして本当に永瀬が漆黒の世界に戻ったのか、言葉を捨てようとしたのかも大いに気になっていた。そこを確かめる意味もこの取材にはあった。
形勢の針は永瀬側にはっきり傾いていた。午後5時近くになってもそれは変わらず、モバイル中継の評価値は先手の永瀬が78%、後手の藤井が22%を示していた。飛車も持っているし、永瀬がかなり優勢なのだろうと勝手に考えて別の原稿を書いていると、記者の誰かが「あれ?」と発した。
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形勢が動くときの恒例なので慌ててスマートフォンを確認すると、113手目に永瀬が桂で敵玉そばの銀を取ったところで評価値が急落していた。78%が32%に。これだけ下がると、悪手と断じても間違いないだろう。
なんだ、この銀捨ては?
しかしなぜ銀を取った手が悪手なのか。頭の中が「?」マークでいっぱいになっていると、「銀不成、ひえー」とまた誰かが叫んだ。AI(人工知能)が示した代案に仰天する声だった。▲6二銀不成と王手をする手が有力で、△同金でタダだが手持ちの飛車を打って王手をすれば先手の優位が保たれているというのだ。
なんだ、この銀捨ては。
脳内の疑問符の数は増えるばかりだった。
藤井はノータイムで桂を取った。そこで馬を4六に引けば先手が指せているというのが主催紙の記者や立会人が詰めている対局場の控室(私がいる控室とは違う)の見解とのことだったが、その手はAIの代案にはない。ということは穴があると考えるのが自然だ。実際にその手には有力な対抗策があることがわかって却下された旨がモバイル中継のコメントにも付記された。
永瀬は自陣の八段目に銀を打ちつけた。AIが示す最善手だが、評価値は藤井70%、永瀬30%と完全に逆転している。その後も攻防は続いたが、少しずつ差が開いていった。果たして藤井は代案の▲6二銀不成が見えていたのか。感想戦の注目ポイントの一つが明確になった。
藤井が話す間、永瀬はしばらく動かなかった
午後6時くらいに、関係者から「そろそろ」と声がかかる。終局に備えて対局場に移動するのだ。外はすっかり暗くなっていた。冷気が沁みる。対局場の控室に入ってしばらくすると、「投げた」という声がした。
午後7時3分、永瀬が頭を下げた。これで藤井王将の開幕3連勝である。挑戦者は崖っぷちに追い込まれた。

