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朝倉海UFC挑戦の24年前…「UFC初参戦でいきなりタイトルマッチ」を行った日本人とは? 雑誌の見出しは「星の王子さま」、最も王座に近づいた男
text by
堀江ガンツGantz Horie
photograph byNaoki Fukuda/AFLO
posted2024/12/07 17:03
日本人ファイターのパイオニアとしてUFCで闘った宇野薫
UFCでいきなりタイトルマッチ
UFCはそれまで中量級以上の重いクラスしかなかったが、ちょうどこの時期に運営会社がSEGからZUFFA(デイナ・ホワイト代表)に変わり、バンタム級(現在のライト級)を新設。ZUFFA体制の第1回大会である『UFC30』でのUFC世界バンタム級初代王者決定戦に宇野はいきなり出場することになったのだ。当時の中軽量級の修斗王者が、どれだけ世界的に評価されていたのかがわかる。
宇野の対戦相手はジェンス・パルヴァー。すでにUFCで3勝1分の戦績を残しジョン・ルイスやジョン・ホーキといった日本でも知られた強豪を下しているアメリカのMMA軽量級のパイオニアというべき存在だった。
そのパルヴァーと、宇野は一進一退の互角の攻防を展開。5分5ラウンドを闘い抜いたが、0-2という僅差の判定で敗れ王座獲得はならなかった。それでもその後、宇野はUFCに継続参戦。軽量級の日本人選手が海外のメジャーリーグでレギュラーとなるのは宇野が初めてであり、その点でもパイオニアとなった。
最もUFC王座に近づいた日本人ファイター
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このUFC参戦中、宇野はのちのUFC2階級制覇王者で殿堂入りもはたすBJペンとライバル関係となる。’01年11月の初対決は宇野のKO負け、その後、’03年2月にUFC世界ライト級王座を懸けたトーナメント決勝戦で再戦。そこでは5ラウンド闘い抜いてのドローとなった。
総合格闘技の“世界最高峰”であるUFCでタイトルマッチまで辿り着いた日本人選手は、これまでわずか6人。ZUFFA体制以降は4人で王座獲得者はゼロだ。BJペンとタイトル戦で引き分けた宇野は、歴代で最もUFC王座に近づいた日本人ファイターなのである。
宇野がBJペンと引き分けてから早21年。前回、日本人ファイターがUFCタイトルに挑戦したデトメトリアス・ジョンソンvs堀口恭司のUFC世界フライ級タイトルマッチからも9年半が経っている。
はたして朝倉海は、日本人ファイターにとってあまりにも高い壁でありつづけたUFC王者を下し、新時代の扉を開くことができるか。全格闘技ファン大注目の一戦、歴史的瞬間を見逃すことはできないだろう。