オリンピックへの道BACK NUMBER
「3年間、しんどかった」阿部一二三を圧勝劇の金に導いたのは…最強ライバルの存在、井上尚弥から得たもの、詩にかけた言葉
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byNaoya Sanuki/JMPA
posted2024/07/29 18:00
目の前で衝撃の敗北を喫した妹・詩のぶんまで「兄として」圧巻の戦いを見せた阿部一二三
そんな日々を過ごしてきて、苦しくないわけはなかった。
それでも強くなりたいという欲求がおさまることはなかった。原動力となっていたのは、東京五輪代表に選ばれたときから思い描いた目標だ。
「オリンピックで4連覇する」
阿部が憧れていたのは、背負い投げをはじめ切れ味鋭い技を武器に3連覇した野村忠宏。野村が達成した偉業を超えるという思いを抱き続ける。
「天才を、超える」
何よりも、練習へと向かい続けたのは阿部の信念だった。
以前、インタビュー中に「自分らしさを言葉にするとしたら」と尋ねると、このように表現した。
「阿部一二三は天才を超える」
その意味を説明してくれた。
「僕は、『努力は天才を超える』という言葉が好きです。だから、『阿部一二三は天才を超える』です」
努力に勝るものはないという確固たる思いと、実践してきた自負が込められていた。
苦しくとも逃げずに努力した過程が結実したのが連覇だった。
決勝を終えて畳から下がるとき、阿部は正座し頭を下げた。
「いちばん感謝を伝えられる形なのかな、と。相手へのリスペクトもありますし」
その姿にも、東京からの3年を経て一回り大きくなった王者の姿があった。
この日、気持ちをより強く試合に向けさせる出来事があった。妹の詩が2回戦で敗れたことだ。