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ボクシングPRESSBACK NUMBER
井上尚弥は「僕よりサッカーが上手かった」幼なじみの元サッカー選手・山口聖矢が明かす怪物の少年時代「ナオはボクシングのことを話さなかった」
text by
杉園昌之Masayuki Sugizono
photograph byTakuya Sugiyama
posted2024/05/15 17:00
井上尚弥と同じ大橋ボクシングジムに所属する山口聖矢。Jリーガーからプロボクサーに転向した山口が井上尚弥との交流を語る
ただ、高校から2人は別々の進路を取るようになる。山口はサッカーのスポーツ推薦で山梨学院大附属高校(現・山梨学院高校)に進学して寮生活を送り、井上は神奈川の新磯高校(現・相模原弥栄高校)に進んでボクシング漬けの毎日。数カ月に1度、プライベートの近況を連絡する程度である。互いの競技は話題に上がらず、気の合う2人は他愛もない話ばかりをしていたという。井上が1年生から高校年代の大会をことごとく制し、3年時にシニアの全日本選手権で初優勝を果たしたことすら山口は知らなかったという。
ナオって、すごいボクサーだったんだ
プロサッカー選手を夢見る山口自身も、順調なキャリアを歩んでいた。インターハイに出場し、3年夏には関東学院大学への入学が内定。冬は全国高校サッカー選手権の舞台に立っている。超高校級と言われた白崎凌兵(現清水エスパルス)を擁したチームは優勝候補の一角として注目され、背番号2を付けた山口もサイドバックとして活躍。2回戦で敗退したが、13年前の記憶は鮮明に残っている。18歳の自分を思い返すと、柔和な笑みが漏れる。
「高校サッカーに憧れていましたからね。青春でした。山梨はボクシングが盛んな地域でもなかったですし、ナオの話も聞いたことがなくて……。どれほどの存在なのかは、まだ分かっていなかったですね」
井上がボクシング界の至宝であることを認識したのは2012年の秋。当時、山口は大学1年生。異例のA級(8回戦)でプロデビュー戦に臨む幼なじみの名前がメディアで大きく報じられると、目を丸くした。
「そこで初めてアマチュア7冠のことを知り、『ナオって、すごいボクサーだったんだ』って思ったんです。何となく強いことは分かっていましたけど、そこまでだったのかと。ナオは僕にボクシングのことを話さなかったので」
それ以来、関東大学2部リーグでJリーガーを目指しながら、無二の親友が駆け足で世界に駆け上がっていく試合をチェックしてきた。
伊東純也とマッチアップも
幼なじみのファイトは、その活躍を知ってからほとんど欠かさず応援に駆けつけている。会場から出てくるのを待ち、試合後に井上家とともに食事に出かけるのはお決まりのコースとなった。2014年4月、世界初挑戦で20歳の井上がWBCライトフライ級王座を獲得したときは大きな刺激を受けた。
「僕もプロを目指していたので、励みになりました。ナオはやっぱりすごいんだな、と思いましたし、こっちも頑張らないといけないって。一番近い存在だったので」
当時、大学3年生の山口は関東学院大で主力のセンターバックとしてプレー。関東大学2部リーグでは後に日本代表となる神奈川大の伊東純也(現スタッド・ランス=フランス)ともマッチアップし、「めちゃくちゃ速くて後ろからスライディングしても触れなかった」と規格外のスピードに翻弄されたりもしたが、モチベーションはより高まった。