ハマ街ダイアリーBACK NUMBER
「もう野球を辞めようかと」オリックス戦力外、中川颯にかかってきた1本の電話…オープン戦8回無失点、“ハマのサブマリン”が誕生するまで
posted2024/03/11 11:01
text by
石塚隆Takashi Ishizuka
photograph by
JIJI PRESS
マエストロが振るタクトのように、優雅かつ繊細、そして力強いフォーム。プロ4年目、今季入団した横浜DeNAベイスターズで、“野球の芸術作品”と呼ばれるアンダースローを武器に存在感を示している中川颯は、晴れやかな表情で言うのだ。
「育ってきた街で野球ができることはすごく幸せなことだと思って、毎日を噛みしめながら過ごしています」
じつはもう野球を辞めようと…
神奈川県横浜市出身。地元の名門である桐光学園高校でプレーをすると、立教大学へ進学。2020年のドラフト会議でオリックス・バファローズに4位指名され入団するのだが、所属した3年間で一軍登板をしたのはルーキーイヤーの1回きり。2年目は肩の不調により登板機会に恵まれず、シーズン終了後に育成契約になると、3年目は支配下復帰することは叶わず、オリックスを自由契約となり退団している。ハードラックな3年間だった。
「退団後、じつはもう野球を辞めようかとも思っていたんです……」
普段は朗らかで優しい表情が印象的な中川の眉間に皺がよる。当時のことを脳裏で反芻しているようだった。
この数年のオリックスといえば、連覇を重ねている黄金時代の真っ只中。“投手王国”と呼ばれるピッチャー陣の層は厚く、中川にとって大きな壁となった。とくに3年目はウエスタン・リーグで中継ぎとして21試合を投げ防御率1.38、WHIP(1イニングで何人の走者を許したか)は0.67という好成績を挙げていても、一軍から声が掛かることはなかった。見上げても光が射してこないファーム生活は骨身に染みた。
「自分の実力不足といえばそれまでですが、ファームにずっといるとメンタル的につらくて、モチベーションを保つのが難しかったというのは正直ありました。いいピッチングをして抑えていても、チーム状況もあって上から呼んでもらえない。どうしたら上がれるのか、そんなことばかり考えてしまって……」
一緒にやらないか
実力の世界とはいえ、置かれた環境や出会う人間、タイミングなどによってプロ野球選手の運命は大きく揺らぐ。中川は抗うことのできない渦の中にいるように翻弄され、心が焼き切れる寸前まで落ちていった。