濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
「うざってえヤツ(苦笑)」安納サオリとスターライト・キッド、名勝負の裏にあったライバル関係…「意地とこだわり」が詰まった17分42秒
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byNorihiro Hashimoto
posted2024/02/29 17:01
試合後、向き合って互いの手を合わせた安納サオリとスターライト・キッド
「あなたの全部を教えてよ」
連続で組まれた前哨戦では、スープレックスの威力を実感した。曰く「内側に巻き込まれる感じで受身が取りにくい」。ブリッジが高く、弧の描き方が急なのだ。
スープレックスならキッドも得意だ。スター・スープレックスという必殺技もある。試合のポイントの一つはスープレックス合戦になった。安納がフィッシャーマンズ・スープレックスで投げる。投げられたキッドは相手を離さずキッチャーマン(変形フィッシャーマン)。ノンストップで4発ずつ投げ合った。
思い出したのは安納がいつも言っているプロレスへの姿勢だ。演劇を志している時にプロレスに誘われた彼女は「技はセリフ」だと言う。セリフに乗せて自分の気持ちを伝える。技を受けるのは相手の言葉、相手の気持ちを受け止めることにほかならない。キャリア9年目で初のシングル対決となる“同期”の技を受け、安納はこう感じた。
「凄く考えてリングに上がってますよね。技だけじゃなく所作も含めて魅せる力が強い。前哨戦からやり合って、キッドにハマるファンの人たちの気持ちが分かりました。
これまで対戦してこなかった分まで、タイトルマッチでキッドの技を受けられたかなと。“あなたの全部を教えてよ”と思いながら闘ってました。そこで感じたのは、身体が小さいのに大きな闘いをするということ。会場の空気を掴む力が強いんですよ。一瞬で自分の空間にしてしまう。それに呑まれたら厄介なことになる。呑まれないために冷静でいるのを心がけてました」
攻めまくって受けまくった17分42秒
身長150cm、10代前半でデビューしたキッドには“若い”、“小さい”、“軽い”というイメージが付きまとった。だが今の試合を見ていると、場外への飛び技もあればグラウンドの脚殺しも、投げ技も。多彩で多面的な闘いぶりは、確かに安納が言うように“大きい”ものだ。
互いの気持ちを技に乗せて繰り出し、受け止め、迎えたクライマックスもスープレックスの攻防だった。キッドはタイガー・スープレックス3連発。だがフィニッシュを狙ったスター・スープレックスは安納がロープに足をかける。
安納はジャーマン・スープレックス2連発からドラゴン・スープレックス。そしてレジェンド・豊田真奈美から伝授されたジャパニーズ・オーシャン・スープレックスで3カウントを奪った。攻めまくって受けまくった17分42秒は、安納の言葉を借りると「意地とこだわり」が詰まったものだ。
「サオリは私のライバルだから」
試合後、キッドはあらためて「今年中にワンダーのベルトを巻く」と宣言した。「前回みたいに、負けて弱さをさらけ出すようなことはしない」とも。前回の白いベルト挑戦は2022年7月。上谷沙弥に敗れると号泣した。歳上だが後輩の上谷が先にワンダー王者になり、スターダムのハイフライヤー(飛び技を得意とする選手)のポジションも奪われた。
「今の私に何が足りないんだ!」
そう叫ぶ姿が、見る者の胸を打ったのは間違いない。だがキッドは、泣いて感情移入される選手という段階から一歩先に進もうとしている。