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バスケットボールPRESSBACK NUMBER
「成長には、常に窮地にいることが必要」女子バスケ代表主将・林咲希が五輪イヤーに“移籍決断”のワケ…「パリは去年の男子以上に盛り上げたい」
text by
石井宏美Hiromi Ishii
photograph byKiichi Matsumoto
posted2024/02/24 11:05
五輪最終予選でキャプテンを務めた林田が、今季ENEOSから富士通へ移籍。五輪イヤーにも関わらず移籍を決断した理由は…?
「まだチームとして未熟で、恩塚(亨・ヘッドコーチ)さんが掲げるバスケにフィットしきれていないし、集中しきれていなかった。“これじゃ絶対に勝てない”と思うこともありました」
「走り勝つシューター軍団」と呼ばれる恩塚HCが掲げるゲームスタイル。
選手の主体性重視の指導で、「以前よりも怒らなくなった」ことも感じるというが、だからこそ林は練習中に「こんなミスをしたら絶対に勝てないから」とチームメイトに何度も発破をかけている。
「スタッフ陣と選手間で練習の手応えに温度差というかギャップを多少感じることもあって。ただ、そういう経験の積み重ねがあったからこそ、少しずついいチームになってきているんだと思います。どこか半信半疑だったスタイルも試合を重ねる度に選手のなかで“通用するんだ”と確信が持てるようになった。だから今回は勝てる自信があったんです」
五輪イヤーにも関わらず決断した「移籍」のワケ
オリンピックイヤーを控えた今季、林は、Wリーグで新たな挑戦をスタートさせた。
6シーズン在籍した昨季の優勝チームENEOSサンフラワーズを退団し、富士通レッドウェーブへ移籍した。重要な時期を迎えるが、新しい環境に身を置くことに躊躇はなかった。
「ENEOSでは4シーズンほどは怪我が多く、昨季、6シーズン目にしてようやくファイナルでスタートから出させてもらって、メインで活躍させてもらいました。ただ、怪我であまり自分も成長できなかったし、後輩たちを成長させてあげることもできなかった。そのもどかしさがあって。自分が成長するためにはどうしたらいいのか。そう考えたとき、常に窮地にいることがポイントだと思ったんです。新しい環境で新しいバスケを学び、世界を広げることが、自分の成長につながるんじゃないかと」
長岡萌映子や宮崎早織などチームメイトから慰留はあった。だが、最後は「自分の人生だから」と背中を押してくれた。
ただ、林ほどのキャリアをもってしてもチームを代わることの難しさを痛感しているという。模索の日々は現在も続く。