23年10月3日。高山は紺色のスーツを着ていた。向かった先は、いつもの鳴尾浜球場ではなく、兵庫県尼崎市のホテルだった。その一室で球団のフロントと向き合う。来季の戦力構想から外れていることを伝えられ、今後のことを聞かれた。

「でも、まだ現役を続けるんでしょう」

　間髪入れずに答えた。

「はい、そのつもりです」

「続けるという選択肢しか、ありませんでした」

　現役続行か、引退か。岐路に立たされても、迷いはなかった。

「僕には続けるという選択肢しか、ありませんでした。ケガで本当に動けないのであれば、辞めるという考えもあるかもしれませんが、まだまだ体は動きますから」

戦力外通告後は12球団合同トライアウトにも参加　©Yuki Suenaga

　高山は岡田彰布監督に恩があった。昨年2月、沖縄・宜野座で行われる一軍キャンプに招集されていたのだ。20年以降は打率も1割台に低迷していた。それでも、岡田はかつての新人王に期待し、チャンスを与えたのである。だが、オープン戦で結果を残せず、二軍に降格すると、その後は浮上できなかった。

　この日、一軍はクライマックスシリーズに向けて、甲子園で練習していた。高山は監督室をノックして中に入ると、岡田に頭を下げた。

「結果を出せなくて申し訳なかったです」

　すると、岡田はこう言った。

「応援してるから、頑張れよ」

　明治大でも同僚で同い年の坂本誠志郎には球団から呼び出しの連絡があった夜、電話で伝えていた。

「球団に呼ばれたから、明日、戦力外、言われるわ」

高山とは明治大時代の同期で2015年のドラフトでは2位指名だった坂本　©Nanae Suzuki

　スマートフォンの向こうから、わずかの間があった。

「頑張ろうな。また、対戦しような」

　この日も、先輩・後輩を問わず、同じようなことを言われた。去りゆく者へのエールだった。コーチや同僚と言葉を交わすなか、こんな声も掛けられたのだという。

「これからは、ある程度、気楽にやれよ。野球に対する見方、考え方も変わってくるからな」

　この8年間は肩肘を張ってグラウンドに立ち続け、飽くなき向上心が蹉跌を招いた。戦力外になり、「ドラ1」や「新人王」の鎧を脱ぎ捨てた。11月には12球団合同トライアウトに参加し、活路を見いだそうとした。24年からNPBのイースタン・リーグに新規参入する「オイシックス新潟アルビレックスBC」からオファーが届いたのは、そんな時だった。

＜つづく＞