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「ダルビッシュがいける。でも…」WBC決勝、前代未聞の継投秘話…戸郷翔征が「生涯初めて投げた一球」高橋宏斗は「ブルペンで何度もトイレに」
text by
鷲田康Yasushi Washida
photograph byNaoya Sanuki
posted2023/12/07 17:06
WBC決勝、クローザーとして世界一のマウンドに立った大谷翔平のもとに集まる侍ジャパンの選手たち
「前日の夜にはダルビッシュがいけるとなった。でも……」
厚澤は首脳陣の苦悩をこう明かした。
「それならダルビッシュを9回にいかすのか、と。でももし翔平が投げられますとなったとき、ダルビッシュに9回と言ってしまっていると、翔平は8回になる。栗山監督には9回は翔平でいきたいという強い思いがあったので、この時点でダルビッシュには8回をお願いした。もし翔平が投げられなかったら、9回は大勢にして7回は湯浅京己でいく。そう決めました」
こうしてパズルのような継投策が練られる中で、最後のピースである大谷のクローザー登板が決まったのは、決勝当日、3月21日の朝のことだった。これでようやく7回に大勢、8回はダルビッシュ、そして9回は大谷という侍ジャパンの必勝継投が確定することになった。
ポイントは3回と5回のマウンド
現地時間の午後7時、先発の今永がアメリカの1番打者、ムーキー・ベッツの内角に糸を引くような真っ直ぐを投げ込んで試合は静かに始まった。初回は両軍無得点。試合が動き出したのは2回だ。表の攻撃で米国がトレイ・ターナーのソロ本塁打で先制すると、すかさず日本も反撃した。先頭の村上宗隆のソロで追いつくと、1死満塁からラーズ・ヌートバーの内野ゴロの間に2点目を奪って逆転に成功したのだ。
決勝戦の継投で、一つのポイントとなったのが、日本が点を取った直後の3回と5回のマウンドだった。
「やっぱり点を取った次の回というのは意識しました」
こう語る戸郷は前日の準決勝の試合前に第2先発での決勝登板を告げられていた。
野球は流れのやりとりだと言われる。
「ここを0に抑えて試合を落ち着かせる。僕にはそういう役割がありましたから。とにかく一発だけは警戒して、自分の自信のある球を優先的に投げていく。あとは(捕手の中村)悠平さんに任せていました」
3回先頭のトラウトをワンバウンド寸前のフォークでいきなり空振り三振に仕留めた。続く3番のポール・ゴールドシュミットも左飛に打ち取りあっさり2死。しかしノーラン・アレナドとカイル・シュワバーを歩かせ、打席に迎えたのが第1打席で本塁打を打っているターナーだった。
「フォアボールは低目にボール球にする意図で投げたのを見切られただけ。思っている通りに投げられていたので、動揺とかそういうのは全くなかった。ターナーは今永さんのカットボールを前で捉えていましたし、小さめの変化球はいらないな、と。まっすぐとフォークで、奥行きを使った方がいいという感覚でした」
生涯たった1球しか投げていないツーシーム
初球は外のフォークが外れてボール。2球目に真ん中高めの148kmのストレートで空振りをとって3球目を迎えた。中村のサインに戸郷は静かに頷いた。