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ぼくらのプロレス(再)入門BACK NUMBER
「オカダ戦でケガをしてなかったら、辞めていた」生存率18%からの復帰、柴田勝頼が“心の師”天龍源一郎に明かした闘病後の本音《対談実現》
text by
堀江ガンツGantz Horie
photograph byAtsushi Hashimoto
posted2023/12/03 11:00
天龍源一郎と柴田勝頼。関係性の深い二人が語り合う特別対談が実現した
生存率は18%…天龍「それで生きてるならついてるじゃん」
天龍 結果的になんだったの?
柴田 急性硬膜下血腫ですね。病院に運ばれて、すぐ開頭手術されて。あとで聞いたら、その時点での生存率は18パーセントぐらいで。
天龍 それで生きてるならついてるじゃん。昔、試合で俺の顔面を蹴飛ばしただけのことはあるよ(笑)。俺はウチの娘(天龍プロジェクト・嶋田紋奈代表)や女房から、柴田くんが開頭手術をしてずっと欠場してるっていうのを聞いて。「いまロサンゼルスにいるんだよ」とか、断片的な情報は入ってきてたんだよ。
柴田 手術後は当分試合はできないと思っていたんで、欠場した翌年から新日本のLA道場で若手育成のためのコーチをやらせていただいてたんです。今年に入って、道場は閉めることになってしまったんですけど。
天龍 あっ、そうなの? でも、なくなったとはいえ、新日本はケガをした選手のケアをちゃんとやってるよね。長期欠場からの復帰戦はいつだったの?
柴田 2年前のG1最終日(21年10月21日、日本武道館)にエキシビションで復帰して、翌年の1.4東京ドームで(キャッチレスリングルールで)正式な復帰戦をやりましたね。
天龍 じゃあ、もう完全復活なの?
柴田 そこが難しいところで、新日本ではなかなか試合をさせてもらえないんですよ。でも、アメリカで自分が取ってきた試合はしていいっていうことで、自分個人でAEWとかと直接交渉して試合をやってますね。
柴田「俺、もう引退したことになってるんだ…」
天龍 いま、プロレスはどんどん過激になってきているから、新日本も慎重になってるんだろうな。欠場期間はどれくらいだったの?
柴田 約5年くらいですかね。
天龍 長いな。よく自分に負けなかったね。普通はいじけて、くじけちゃうよ。
柴田 ありがとうございます! ホントうれしいですね。ケガをしたあと、多くの人に「もう終わった」と思われてたのがすごく悔しかったんです。会った人との何気ない会話の中でも「現役のときは……」とか言われるのがすごく嫌で。「俺、もう引退したことになってるんだ」っていう。
天龍 周りはそう見るもんね。
柴田 でも、自分にとっては逆にそれがバネになってましたね。ただ、最初の頃は気が遠くなるくらい何もできなかったんですよ。毎日リハビリを続けても、ヒザをついての腕立て伏せもできなくて。
天龍 それは力が衰えちゃって?
柴田 はい。手術してから、そこまで落ちてしまって。でも、諦めずに続けていたら、アメリカで教えてた若い奴らと同じ練習量ができるようになって。試合から離れたことでコンディションは以前よりすごくよくなりました。それから再び試合をするようになって、また新たな発見があって。
天龍 だから最初に俺が「いい身体になったね」って言ったけど、見かけもバッチリだよ。前よりも20パーセントくらい身体がボリュームアップしてる。柴田くんが欠場中もどれだけ辛抱強くトレーニングを続けてきたのか、その身体が何よりも雄弁に物語っているよ。
柴田 ありがとうございます! うれしいです。