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卓球PRESSBACK NUMBER
出産から1年、平野早矢香(38歳)が初めて明かした“流産の過去”「言われてからの1週間は…」つわり、母乳問題も…元卓球日本代表と娘の話
posted2023/12/02 11:02
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph by
L)Kiichi Matsumoto、R)本人提供
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――出産したのは2022年12月下旬でした。
平野早矢香さん(以下、平野) 計画出産でしたがなかなか降りてこなくて、生まれたのは予定日より1日後。無痛を選択していたのですが麻酔が効いている感じがなく、出産の痛みはかなり感じました。
――大変な出産だったのですね。
平野 3カ月くらいは体調が戻りませんでした。今もトレーニングや自分のケアをする時間はほとんどないので、骨盤など体が歪んでいる感じは残っています。ただ、出産は大変だったのですが、それ以上につわりの方が大変だったと感じています。
水も飲めなくて、麦茶を飲んでいた
――どんな具合でしたか?
平野 一番ひどかったのは安定期前後ですが、生まれる前まで続きました。食べられるものが限られて、毎日同じような食事が続きましたね。お茶漬けやおにぎりは梅か鮭のみ、フルーツ、お肉はサラダチキンだけ。煮物やサラダは全然食べられず、水も飲めなくて、毎日麦茶を飲んでいました。
――妊娠中にはどのくらい体重の変化がありましたか?
平野 元の体重から5キロ増えないくらいでした。
――お子さんは元気ですか?
平野 今は約10カ月ですが、それぞれの両親に見てもらう機会があると帰る時に少し泣いたりするので、よく理解しているなと感じますね。それに、最近はハイハイにつかまり立ち、つたい歩きもするようになっていて、この前は自分でパッと立ってバンザイしていたんです。なので、割と歩くのも早いのかなと思います。
――目が離せない時期ですね。
平野 みんなから出産直後は大変だよと聞いていたのですが、今が一番大変ですよ。好奇心旺盛だからいろんなものに興味が出て、触って食べて口に入れて、ってやるじゃないですか。ちょっと油断したら頭をゴチっとぶつけるし、口に入れちゃうし、本当に大変です。
現役時代に描いていた「ライフプラン」
平野さんは1985年3月生まれ。高校卒業後の2003年にミキハウスに入社し、翌年に全日本選手権女子シングルスで初優勝。日本代表にもなり、世界で活躍するようになった。
――現役選手の頃に描いていたライフプランはありましたか?