濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
「私が負けたらスターダムが否定される」中野たむの覚悟…現役“赤いベルト王者”はなぜレジェンド・神取忍の顔面を張ったのか?
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byEssei Hara
posted2023/09/10 11:00
リングでレジェンド神取忍との初邂逅を果たした中野たむ。現スターダム王者はなぜ“負けられなかった”か
今なお「強かった」レジェンドの凄み
年齢を重ね、試合数が減った今、パワーやスタミナといった面では全盛期同様とは言えないだろう。しかしその存在感、瞬間的なキレには今回も目を見張った。一本背負いから腕ひしぎ十字固めに移行する動きの鋭さ。張り手をキャッチしてワキ固めに捉え、しかし「これくらいじゃ済まないよ」とばかり技を解いてニヤリとした時の凄味。58歳の神取忍は、今なお「強かった」というのがたむの偽らざる実感だったという。
「腕十字とワキ固めは、あと1、2秒決められてたら腕が逆に曲がってたんじゃないかって。それくらいの威力でした」(たむ)
存在感、衰えのない技術。その背景には歴史があった。それもまた“怖さ”につながる。
「レジェンド、文字通り伝説の中の人たちですから。私にとっては映像で見てきた人たちなので」
観客の神取、貴子応援ムードは、つまり歴史の重みだ。
「相手チームへの歓声が凄くて。一瞬、呑まれそうになりましたね。これが歴史の凄さなんだと。その部分とも闘わなくちゃいけなかったんです」
「このリングで身を滅ぼそう」たむの覚悟
実際のところ、“呑まれて”しまう選手もいる。レジェンドと若い世代の対戦で、若い選手がひたすらレジェンドの技を受けるというパターンも少なくない。観客が求めているのであれば、それも正解だ。子供の頃にテレビで見たあの技、青春時代に会場で熱狂したあのムーブが“再現”されたら、やはり嬉しい。
レジェンドが観客を沸かせ、若い現役世代は「勉強になりました」と頭を下げる。歴史に触れること自体が得難い経験だ。ただ、たむはそれをよしとしなかった。
「私が新人なら“いい経験になりました”でよかったと思います。でもそうじゃない。私は赤いベルトのチャンピオン。スターダムを背負っているので。そして私は女子プロレスの歴史の中でスターダムが一番だと思っているので」
今年4月、初めて赤いベルトを巻くと、たむは「これまでとは意識がまったく違います」と言っていた。たむはそのキャリアの中で、とりわけ“白いベルト”ワンダー・オブ・スターダムをめぐる闘いでインパクトを残してきた。選手個々のストーリー、ドラマ性を重視する闘いだ。たむは白いベルトについて情念、時には怨念をぶつけ合う“呪いのベルト”だと表現している。
「白いベルトの闘いは、ある意味で自由なんです。なりふり構わずなんでもできました。でも赤いベルトは団体の頂点なので、とてつもない責任が伴ってくる。スターダムという団体にいる全選手の人生を背負うのが赤いベルトのチャンピオンだと思ってます。私がヘタなことをしたら、みんなが食えなくなる。それくらいの存在なんです。
けど、私は体が大きいわけじゃないし身体能力も高くない。だったら命を捧げるしかないと思ってます。このベルトとともに、このリングで身を滅ぼそう、と。“中野たむは死んでもいいと思ってリングに上がってるんだな”と感じさせたい。タイトルマッチでは命の削り合いがしたいし、挑戦者には私をぶっ壊しにきてほしい」