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「プライド持てよ!」大谷翔平はなぜ“初めての日本代表”で一喝された?「今思えば、あの謙虚さが…」仲間たちが語る18歳大谷翔平の素顔
text by
高木遊Yu Takagi
photograph byGetty Images
posted2023/03/20 11:01
2012年に18歳以下の世界選手権に出場した大谷翔平。藤浪晋太郎ら錚々たるメンバーと世界一を目指したが、結果は6位に終わった
失意の中、韓国から帰国した関西国際空港で、チーム解散にあたって小倉は選手たちにこう声を掛けた。
「みんなはプロでも活躍できる。可能性は無限にあるんだから、また日本代表に選ばれるように頑張ってくれ」
この敗戦を糧に、また小倉の提言もあって、近年の高校日本代表は代表監督の常任化など、勝つための組織へと徐々に整備されてきた。
また、大会後に大谷は、日本のプロ野球を経ずにメジャーリーグに挑戦することを表明した。結局、日本ハムに入団することになったものの、小倉はこれこそが大谷の本質を表していると感じた。
「対戦したコロンビアは、みんな過酷なマイナーリーグからメジャーを目指していると聞きました。正直、レベルの高い選手ばかりではありませんでしたが、全員がそう言っていて、そのハングリーさに驚いたんです。日本の野球環境は彼らに比べたら遥かに恵まれているのに、大谷選手はそれでもメジャーに行くと言った。誰もやったことがないことに挑戦する、それこそが大谷翔平なんじゃないでしょうか」
「どんな女の子が好き、とか話した記憶がない」
あれから10年以上が経ち、笹川にとっても大谷とチームメイトとして戦ったことは良い思い出になっている。
「プロで活躍するだろうとは思いましたけど、まさかメジャーリーグのMVPになるとは。あのチームのエースは藤浪で、バッティングで一番目立っていたのは森でしたから。だけど、大谷だけは自分が将来、こうなることを分かっていたような気がするんですよね。それだけ落ち着いていたし、プライベートな話の痕跡を残していないんです。野球の話はよくしたけれど、どんな女の子が好きとか、そういう話をした記憶が悔しいくらいにありません(笑)」
そう笑う笹川は、大谷がメジャーに挑戦する少し前に食事を共にしたが、そのときも大谷は散財している様子がなく、酒も飲まずにその場を楽しんでいたという。
「話をしていて、すべてを野球に注いでいるんじゃないかと思えるほどでした。当時は『それで楽しいのかな』と思っちゃいましたけど、今、あれだけ投げて打って、楽しそうにやっている姿を見ると、こっちも嬉しくなりますよ」
高校では投打二刀流で活躍していた佐藤にとっても、大谷と過ごした時間は野球人生の大きな転機になった。
「合宿のブルペンで、大谷の隣で投げることがあったんです。そのときに格の違いを感じて、もう投げたくなかった(笑)。大学でも投打両方を評価してもらいましたけど、あの瞬間に投手には踏ん切りがついていたんです」
佐藤は立教大で打者として開花し、今もJR東日本で外野手としてプレーしている。笹川は東洋大で活躍し、現在は東京ガスで主将を務める。そして小倉はこの3月で、定年を機に日大三高の監督を退任する。
10年の時はさまざまなものを変えたが、彼らの大谷翔平の記憶は鮮明だ。
【初出:Sports Graphic Number1069号(2023年3月9日発売)】
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