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「チョーノ! 俺と戦え」武藤敬司は、なぜ蝶野正洋を指名したのか?「一寸先はサプライズ」前代未聞の”引退試合後の引退試合”の舞台ウラ
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byEssei Hara
posted2023/02/25 17:01
武藤敬司の引退試合はまさかの展開に。武藤は内藤哲也と戦い敗れた後、リングサイドの蝶野正洋を指名した
「デビュー戦の相手と引退試合の相手が一緒なんて例がない」
武藤はずっと秋波を送っていたが、蝶野は2021年12月に脊柱管狭窄症の手術をしてリハビリに励んでいたため首を縦に振ることはなかった。軽く走れるほどまでに回復しているとはいえ、試合ができるコンディションではないと自らジャッジした。だが武藤はあきらめなかった。蝶野の現状も把握したうえで“エキストラ”にすれば、きっと引きずりこめるという天才の勘が働いたに違いない。蝶野も最後の最後に折れるしかなかった。
1991年G1クライマックス優勝決定戦そのままに
蝶野のかつての入場曲「ファンタスティックシティ」がドームに響き渡り、レフェリーには招待されていたタイガー服部氏が呼び込まれ、そして実況は元テレビ朝日アナウンサーの辻よしなり氏。
ん?? まさに1991年のG1クライマックス優勝決定戦そのままのシチュエーションやん! 興奮したファンが喜びの声を上げる。
ムトウ!ムトウ! チョーノ!チョーノ!
東京ドームの天井は広い。ライトで照らされる漆黒のキャンバスが異空間の入り口にも思えてくる。30年以上前と行き来するタイムスリップ。どでかい天井の真下にあるマットで武藤と蝶野がロックアップする。新日本道場でのスパーリングで、試合で、何百回も何千回もやったであろう見慣れたそれは、見事なまでにしっくりとくる。蝶野は2014年以来、試合から遠ざかっているセミリタイア状態である。それでも組み合っただけで体が勝手に動き出すようだ。
シャイニングケンカキックから必殺のSTF。足を固めておいてからにらみつけるようにしてフェースロックに入るのも、昔のまんまだ。両腕でスキンヘッドをグイグイと絞め上げると、武藤は指を前に出して抵抗を試みる。
最後は武藤がマットをパンパンと叩いてギブアップ。いてえけど、気持ちいい。灰になれた。そんな満足感が戦い終えた顔には刻まれてあった。
東京ドームの会見場にあらわれた武藤は晴れやかに語った。