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“賭け将棋の鬼”からプロに…「命と引き換えなら安いもんじゃ」“元奨励会の筆者”とベテラン棋士が知る元真剣師・花村元司の意外な素顔 

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片山良三

片山良三Ryozo Katayama

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photograph byMasaru Tsurumaki

posted2023/02/23 17:01

“賭け将棋の鬼”からプロに…「命と引き換えなら安いもんじゃ」“元奨励会の筆者”とベテラン棋士が知る元真剣師・花村元司の意外な素顔<Number Web> photograph by Masaru Tsurumaki

いわゆる「真剣師」から棋士になった花村元司さん。伝説の人物の素顔を追った

 石田九段は、花村が亡くなるちょうど1カ月前のこと、花村との名将戦の対局を不戦勝して、入院先の駒込病院に見舞いに行ったという。「おっ、石田君。今回は儲けたね。今度退院するから、そのときは焼き鳥で一杯ごちそうしてくれ」が花村の第一声だったという。

戦地でマラリアに罹って頭髪を全部失っても…

「形勢四分六でも自分がいい、三七でいい勝負と思っている楽観派の先生でね。戦地でマラリアに罹って頭髪を全部失っても『命と引き換えなら安いもんじゃ』と笑えた人です。だから最後の自分の健康状態も大楽観していたんですね。死ぬなんてこれっぽっちも思っていないから、私もだまされました」

 花村は「煙草が吸えないから電車での移動はイヤ」と言うほどのヘビースモーカー。入院の時点で末期の肺ガンだったが、花村本人には告知されず、当時まだ18歳の森下にも本当の病状は知らされていなかった。

 奨励会を退会して7年も経っていたのに葬儀に招集をいただいたのは私にしてみれば意外で、本当にありがたいと思った。池田修一の後ろについて、初めて訪れた西日暮里の花村家。京子夫人とはもちろん初対面だった。意外なほどの明るい声で「あなたが片山君なのね」と迎えられたことと、玄関で寂しく揺れる忌中の札が、いまも記憶に鮮明に残る。

 師匠が亡くなったのは、シリウスシンボリが勝った第52回ダービーの前日のこと。競馬にはほとんど興味がなさそうだったのが師匠で、これが競輪ダービーの決勝前日だったとしたら意地でも頑張ったんだろうなと、変なことを考えたりした。

記事内で紹介できなかった写真が多数ございます。こちらよりぜひご覧ください。

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