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中邑真輔と引退直前のグレート・ムタが元日に描いた“奇跡のアート”とは?「こんなものを見せられたら…」一夜かぎりの邂逅に抱いた感慨
text by
原悦生Essei Hara
photograph byEssei Hara
posted2023/01/05 17:01
プロレスリング・ノアの元日興行で実現した「奇跡の一戦」。毒霧で顔面を赤く染めた中邑真輔のコスチュームを引き裂くグレート・ムタ
「たまんないっすねえ、マジで…」
中邑と武藤敬司は2008年4月と10月に、IWGPヘビー級王座をかけて2度対戦している。若き中邑はとんがって武藤にぶつかっていったが、いずれも武藤が中邑を押さえて、急速に進み始めていた時計の針を大きく巻き戻してしまった。
「武藤選手とは過去2回IWGPをかけて戦っていますが、その時は大きな壁として立ちはだかられて、自分としては“目の上のたんこぶ”以上に、ほろ苦い経験をさせていただいた」
18歳の年齢差があり、デビューも18年違う両者。ムタが1992年8月にIWGP初戴冠を果たした一方で、2003年12月に中邑が成し遂げた23歳9カ月というIWGP史上最年少王者記録は、いまだに破られていない。新日本での約13年半、WWEでの約7年、中邑はやっとアイドルにたどり着いた。
「こんな奇跡、神様じゃないと仕組めないでしょ。プロとして、こういった完璧な奇跡のタイミングが元日、日本武道館、相手はグレート・ムタ、最高の入場……。たまんないっすねえ、マジで。超神ってる」
中邑は武藤の化身であるムタと対戦したことはなかった。
約15年から20年ほど違う時代にアメリカと日本でプロレスを体感した2人には、それぞれの世界観があった。ムタという存在はアメリカのレスラーの中でもレジェンドだ。団体は違えども、ムタを見て育ち、WWEのスーパースターになったレスラーが何人もいる。名の知れたレスラーでもムタと友達なら、ちょっとした自慢にもなる。
筆者の言葉で短く表現すれば、この試合はムタの割り切ったような価値観と、中邑の突き詰めるような姿勢のぶつかり合いだった。両者の世界観の交わりが、新鮮な驚きのある空間を作り上げた。