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井上尚弥と「150ラウンド以上」実戦した“真面目すぎたボクサー”…今も悔やむ“土下座した最後のスパーリング”「現役17年。彼に生かされた」 

text by

森合正範

森合正範Masanori Moriai

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photograph byMasakazu Yoshiba

posted2022/12/13 17:01

井上尚弥と「150ラウンド以上」実戦した“真面目すぎたボクサー”…今も悔やむ“土下座した最後のスパーリング”「現役17年。彼に生かされた」<Number Web> photograph by Masakazu Yoshiba

「怪物・井上尚弥と最も拳を交えた男」黒田雅之。今年現役引退を発表した

井上と「最後のスパーリング」で…

 井上と対峙する。1週間前、練習中に左肘の筋が伸びたような感覚があった。

「少し違和感あるけど、大丈夫だろう」

 4ラウンドの予定で始まり、迎えた2ラウンド目。井上の体は岩のようだった。打ってもはじき返される。どこを打っていいのか分からない。井上特有の速い展開になり、動きにつられて黒田は慌ててボディーへと左フックを放った。その瞬間、激痛が走った。左肘から下はだらんと下がり、動かない。「ウワァー」と叫び、転げ回る。あまりの痛みにリング上でうずくまった。

 セコンドの新田は思わぬ事態に驚いて言った。

「とりあえず、リングの外に出ろ」

 黒田は転がりながらロープをくぐった。痛くて動けないはずが、力を振り絞り、井上のコーナーに歩み寄る。

「申し訳ありません!」

 井上陣営に向かって、声を張り上げ、土下座で謝った。

 新田が言う。

「あいつはそういう性格なんですよ。呼ばれて、4ラウンドの仕事を果たせなかった。尚弥にとって大事な練習時間を1秒たりとも無駄にできない。黒田にはそういう意識がある。誰に対しても真面目なんです」

 激痛よりも仕事を全うできなかった責任感が上回る。黒田は心底、申し訳ないと感じていた。

「彼は試合前で4ラウンド、技術の確認をしたかったはずなんです。信頼されているから、スパーリングの依頼をされた。でも、せっかく呼んでもらったのに仕事を中途半端に投げ出すかたちになってしまった。今でも心残りというか、申し訳ないです」

#黒田雅之
#井上尚弥
#新田渉世

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