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「プロ野球史上最強の新人」権藤博のスゴすぎる伝説…東京五輪に“陸上選手”でスカウト、「権藤、権藤、雨、権藤」の悲しい意味とは?

posted2022/09/16 06:00

 
「プロ野球史上最強の新人」権藤博のスゴすぎる伝説…東京五輪に“陸上選手”でスカウト、「権藤、権藤、雨、権藤」の悲しい意味とは?<Number Web> photograph by Sankei Shimbun

1961年オールスターで言葉を交わす権藤博(中日/セ・リーグ)と稲尾和久(西鉄/パ・リーグ)

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太田俊明

太田俊明Toshiaki Ota

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Sankei Shimbun

 プロ野球史上No.1投手を探る旅 第5回「権藤博」

  大投手の生涯ベストシーズンの成績を比較して、日本プロ野球史上No.1投手を探る旅。金田正一、田中将大、ダルビッシュ有、稲尾和久に続く第5回は、パ・リーグで稲尾がシーズン42勝を記録した1961年に、セ・リーグで最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、新人王、沢村賞、ベストナインを獲得した“史上最強の新人”権藤博(中日)だ。

「権藤、権藤、雨、権藤」。投手起用法の転換点に

 中日に入団した1961年、権藤が記録した投球回数429回1/3は2リーグ制以降、今も残るプロ野球レコードである。この年の規定投球回は130回で、実にその3倍以上を投げたことになる。

 権藤の有名なキャッチフレーズ「権藤、権藤、雨、権藤」には、チームを一人で支えた悲壮感が漂う。それもそのはず、このフレーズの生みの親は、同年中日と最後まで優勝を争った巨人のエース・堀本律雄。7月の中日戦を前に、相手の先発が権藤という情報を聞いた堀本が記者に「中日の投手は権藤しかおらんのか、つぶれてしまうぞ。権藤、権藤、雨、権藤や」と呆れながら語ったのがきっかけだという(ベースボール・マガジン社『ベースボールマガジン』2013年9月号)。

 この発言は決して誇張ではない。事実、7月上旬の中日の先発投手を見ると、7月5日から権藤、雨、移動日、権藤、雨、移動日、権藤、雨、雨、移動日、権藤で、15日までの11日間で先発投手は権藤のみ。さらに同年は、先発だけでなく中継ぎと抑えでも25試合に登板し、ダブルヘッダーの1試合目に先発して完投、2試合目はリードした5回からロングリリーフという起用もあった。

【次ページ】 憧れの稲尾を徹底的に“真似た”アマチュア時代

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