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「明日からどうやって生きていけばいいんだろう」オグシオペア解散、潮田玲子が直面した引退への恐怖「あんなに苦しくてやめたいとなっていたのに…」

posted2022/08/29 06:01

 
「明日からどうやって生きていけばいいんだろう」オグシオペア解散、潮田玲子が直面した引退への恐怖「あんなに苦しくてやめたいとなっていたのに…」<Number Web> photograph by Asami Enomoto

2008年に解散したオグシオペア。一時は引退も考えたという潮田はその後、なぜミックスダブルスでロンドン五輪を目指したのか

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松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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Asami Enomoto

 バドミントン女子ダブルスで2008年北京五輪出場、2012年ロンドン五輪にはミックスダブルスで出場した潮田玲子。引退後はスポーツキャスターを務めるなど幅広く活動する潮田に、「オグシオ」ペアの解散以降の現役生活と、当時思い描いていたセカンドキャリアについて語ってもらった。<全3回の2回目/他の回は#1#3へ>

  潮田玲子は北京五輪から約3カ月後の2008年11月、全日本総合選手権で優勝し5連覇を達成。「オグシオ」に終止符を打った。

「オリンピックが終わってひと月経ったくらいから徐々に練習を再開して、でも正直目標もなくて。それよりも進退をどうするか、自分の、というよりは『オグシオ』としてどうするかを考えなければなりませんでした」

 2人は話し合ったが、一緒に北京を目指した日々とは違っていた。

「1年1年続けていくのではなく、4年後のロンドンオリンピックを目指すかどうかというのがすごく苦しかった。アテネの選考にもれて4年間死ぬ気で北京へ向けて頑張ってきて、またこの4年を繰り返すと考えると、前を向けない自分もいて、なかなか決断ができなくて。生半可な気持ちでとりあえずやってみようというのは、パートナーの人生もあるので言えないじゃないですか。何度も何度も話し合って、ペアとして4年さらに歩みを進めるのは難しいという結論になって解散という道を選んだんですね」

 ラストマッチとなった全日本総合選手権での優勝。それは、潮田にある変化をもたらした。

「2008年は大変な年だったけれど、その中でも劇的な勝利をつかむことができて、頑張ってよかったなという結果を得られました。また、皆さんの期待に応えたという気持ちと、北京のときより応援があたたかく感じられたというか『感動しました』という言葉をたくさんいただいて、自分が頑張ることにまだ意味があるんだなと感じたんです。もう少しコートに立って頑張ってみようかなと少し思うことができました。負けていたら、キャリアが完璧に終わっていたかなと思います」

逃げかもしれないけれど、おぐっちとライバルになりたくない

 翌2009年の4月、潮田は男子ダブルスで2007年世界選手権銅メダルなどの実績を持つ池田信太郎と組んでミックスダブルスに挑戦すると発表する。

【次ページ】 練習相手がいない、結果が出ない、苦労の連続

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