- #1
- #2
Sports Graphic Number MoreBACK NUMBER
「最初聞いたときは、ちんぷんかんぷんで…」イチロー指導の智辯和歌山が実現した”奇跡の走塁”《甲子園優勝校の特別秘話》
text by
石田雄太Yuta Ishida
photograph byNaoya Sanuki
posted2022/08/12 17:00
2020年12月2日から3日間、イチローは智辯和歌山の野球部を指導した
「正直、小園はへばってきてるなという感じはありました。だからあの場面、いつも通りに逆方向へヒットを打ちに行ったんです。初球からショートの頭を狙って、もう1点取れればピッチャーを楽にできるなと……でも、まっすぐの真ん中、外寄りでしたけどイメージより気持ち低かったので、ボールの上を叩いちゃったんですよね。打った瞬間、くそーって感じでした」
大仲のゴロはショートのほぼ正面に飛んだ。二塁ランナーの大西はショートの邪魔になるところを走ろうとするも、タイミングが合わない。ところが市和歌山のショート、河渕巧がほんの一瞬、捕ったボールを握り損なった。河渕はセカンドの杉本明弘にトスで山なりのボールを投げる。
一塁ランナーの宮坂は、ファーストがベースについていなかったこともあってリードを大きく取っていた。しかも一歩目の切り方はイチローに教わって何度も練習していた。そのおかげで好スタートが切れた宮坂は、滑り込むことなく二塁ベースを一気に駆け抜けようとする。セカンドの杉本がボールを捕る、宮坂がベースを踏む……その瞬間、二塁塁審は両手を大きく広げて、セーフをコールした。宮坂はこう言った。
「必死で走っていました。でもセカンドがボールを捕るタイミングよりも自分がベースを踏むほうが早いという感覚はあったので、『来たっ』と思いました。セーフだという確信はありましたね」
智辯和歌山の中谷仁監督はこう言った。
「正直、あそこで宮坂が駆け抜けるとは思っていませんでした。『なんだよ、大仲、初球、ショートゴロかよ』って(笑)。そうしたらショートがジャッグルして、宮坂が二塁ベースを駆け抜けて、それを二塁塁審がしっかり見てくれていて……」
ノンストップで三塁へ向かった宮坂につられて、ショートの河渕はセカンドの杉本へサードに投げるよう指示をする。宮坂は二、三塁間で止まって、挟まれた。もちろん二塁ランナーの大西には駆け抜けたことも含めて、宮坂の動きは見えていない。
「三塁ベースを回って半分くらいまできたとき、セカンドがホームへ放ってくるんじゃないかと思って足から滑ろうと思ったんです。そのときに、あっ、もしかして宮坂、(駆け抜けを)やったな、と思いました」
市和歌山の捕手・松川「何が起こったのか…」
大西は滑り込んでホームイン。宮坂がタッチアウトになったのがその後だったことでこの得点が認められ、智辯和歌山に大きな1点が入った。宮坂がいわば囮となったこのプレーについて、市和歌山のキャッチャー、松川はこう話している。