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プロ野球PRESSBACK NUMBER
誰もが目を疑った“ノムさんの涙”…17年前、なぜ野村克也は人前で泣いたのか?「志太さんには申し訳ない」「サッチーと大げんかしたんだ」
text by
加藤弘士Hiroshi Kato
photograph byJIJI PRESS
posted2022/06/02 11:02
2002年11月~2005年11月まで3年間シダックス野球部監督を務めた野村克也
「野村さんをプロ野球界にお返しできてよかった。月見草なんて言わず、明るい太陽に咲く真っ赤なバラのように大輪の花を咲かせてほしい」
和やかな雰囲気だった。スーツ姿の教え子たちが温かい拍手を奏でる中、野村が登壇した。
知将はいつものようにボソボソと話し始めた。
監督就任から3年間の思い出。
2003年の都市対抗野球決勝における、野間口を続投させてしまった采配への後悔。
「人生は山あり谷あり。身につまされたのは、谷のところで仕事をもらったのに、志太さんに恩返しできなかったこと。シダックスを離れることになり、志太さんには本当に申し訳ない。お別れというのは非常に……」
次の瞬間。誰もが目を疑った。
野村が突然しゃくり上げた。スーツのポケットからハンカチを取り出し、目頭を押さえた。数秒の沈黙が訪れる。あの雄弁な名将が、言葉を失い、人目も憚らずに涙した。
各紙のカメラマンが慌ててシャッターを切った。ハプニングには慣れっこの彼らもまた、予想できない展開に戸惑っていた。
かつて直立不動でその言葉に聞き入った教え子たちは、ただそれを見つめるだけだった。
「お世話になりました……」
涙声を振り絞り、スピーチは終わった。
『オレ、サッチーと大げんかしたんだよ』
野村が人前で見せた涙。
ヤクルト監督時代、3度の日本一に輝いたときも、笑顔でいたあの知将が。
司会席からその光景を見ていた梅沢(直充マネージャー)は、こう述懐する。
「監督は普段、感情をあまり表に出さないじゃないですか。でも人生の恩人だった志太会長には、本当に深い感謝の念を持っていたんだなあと思いながら、私ももらい泣きしそうになるのを必死にこらえていました」
野村にとってシダックス監督の座は、プロ復帰への「腰掛け」だったのだろうか。
繰り返すが、プロと社会人では待遇面、環境面、注目度に大きな差がある。アマチュアの指揮官は、華やかな舞台へと返り咲くまでの一時的なポストだった、と考えても何ら不思議ではない。
私のそんな仮説を、梅沢の証言が覆した。
「楽天の監督就任が決まって、いざシダックスを辞めるとなった直前に、監督がボクに言うんです。『オレ、サッチーと大げんかしたんだよ』って。『オレはアマチュアを愛しているんだ。シダックスで良かったんだ、シダックスが楽しかったんだ』って。それでもう、取っ組み合いにならんばかりの大げんかだったというんです」
<後編へ続く>