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“京都のバスガイド”は人気女子プロレスラーに…清水ひかり(29)を突き動かしたスターダム中野たむの姿「だって大好きなんですもん」
posted2022/05/11 11:03
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph by
Norihiro Hashimoto
人生はどう転がるか分からない。10年前はバスガイドだったのに、今は売れっ子女子プロレスラー。業界最大の女子プロレス団体スターダムでも試合をすることになりそうだ。
「唯一無二の人生じゃないですか」
そう言って笑う清水ひかりは愛媛県宇和島市出身。高校を卒業すると京都でバスガイドになった。京都が好きだったし歌うことが好きだった。
「歌いながらできる仕事は何かって考えたんです。それでバスガイド(笑)」
2013年に上京しダンスボーカルユニットで活動。うまくいかないことも多かったが「その時に自分の根っこができました」と清水は言う。それは「何があっても負けてたまるか」という気持ちだ。
「プロレスはこんなに人の心を動かすものなのか」
芸能活動を通して知り合った仁科鋭美(現在はレスラーを引退)に誘われたのが“女優によるプロレス”を標榜する団体アクトレスガールズだった。初めて試合を見て「プロレスはこんなに人の心を動かすものなのか」と感激した。デビューは2017年3月。ただ試合を重ねても、自分に自信が持てなかった。怪我による長期欠場も経験した。
アクトレスガールズ出身選手には、清水と同じ“2017年組”が多い。団体のシングル王者になった高瀬みゆき。関口翔と青野未来はタッグベルトを巻いた。高瀬と他団体のタッグ王者になった有田ひめかは、ひめかにリングネームを変えて現在スターダムで活躍している。
「同期コンプレックスでした、ずっと」
体の大きさや誰の目にも分かる身体能力の高さはなかった。力をつけるには経験しかない。他団体・フリーのトップ選手とシングル五番勝負で対戦する。所属していたアクトレスガールズの興行ブランド「Color's」の中心選手であるSAKIが最終戦の相手だった。舞台は昨年8月の後楽園ホール大会。アクトレスガールズにとってはビッグマッチだ。しかもSAKIは、この試合に保持するシングル王座をかけた。試練もチャンスも、すべてはSAKIが清水のために用意してくれた。
五番勝負、というよりキャリアすべてにおいて、清水はとにかくガムシャラに闘うしかなかった。目の前の相手しか見えない。観客の反応を見ながら試合をしたり、戦略を練る余裕などなかった。特に五番勝負は、必死になればなるほどボロボロにされた。試合後はいつも泣いていた。
デビュー4年半でついに掴んだベルト
変化のきっかけは、極度のプレッシャーの中で迎えた後楽園でのSAKI戦だった。それまではとにかく全力でやるだけだったが、この試合で敗れると「もっとできたはずなのに」という悔しさが生まれた。五番勝負を経て、選手としての意識が1段階上がったのだろう。試合後のSAKIは「今日は最後までひかりの目が生きていた」と称えている。「普段は明るいのに、リングだと内にこもってしまう」悪い癖が出なかったと。
試合直後、SAKIは清水を連れてプロレスリングWAVEのタッグ王座に挑戦表明。清水はキャリア初のベルトを手にする。デビューから4年半、はっきりと自信が持てたのはこの時が初めてだったそうだ。
「私はプロレス界で通用する人間なんだって。そう思えたんです」
自分がトップだとか強いとか、そういうふうには思えない。でもプロレスラーとしてやっていけるという手応えだけでも、その時の清水にはとてつもなく大きかった。
それからの試合ぶりは、本当に見違えるようだった。ファイトスタイルや技が大きく変わったわけではない。なのに見栄え、見応えがまったく違う。簡単に言えば堂々としている。その分だけ観客の目には魅力的に映る。