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メジャーリーグPRESSBACK NUMBER
《MLB労使問題の闇》メジャー初昇格の日、ベンチの端にぽつりと座って…“村八分”にされたメジャーリーガーの悲しい夜
posted2022/03/11 11:02
text by
木崎英夫Hideo Kizaki
photograph by
KYODO
怒りを通り越してあきれていたMLBファンに吉報が届いた。
3月10日(日本時間11日)、新労使協定を巡る米大リーグ機構(MLB)と選手会の交渉が前日から一転、合意に達したと複数の米メディアが伝えた。開幕は4月7日(同8日)の見込みとなった。昨年12月1日(同2日)以来続いた、オーナー陣によるロックアウト(業務停止)に、ファンからは27年ぶりのストライキを心配する声も出ていたが、その悪夢は回避された。
怨敵、選手組合とオーナーたちの3カ月にわたる労使紛争終止符の報に安堵すると、あのときの“事件簿”を思い出さずにはいられない。なぜなら労使紛争が長引けば、あの悲劇が再び起きる可能性があったからだ。
事件は1995年夏に起きた
それは哀感に満ちた陰翳の物語だった。
野茂英雄がトルネード旋風を巻き起こした95年の夏のこと。当時の取材メモには「ドジャースタジアム、8月29日火曜日」と記されている。この日、傘下のマイナー3Aアルバカーキーからマイク・ブッシュが初昇格した。身長190センチを超える大型三塁手は18本塁打、62打点を叩き出し憧れの地に乗り込んできた。
生きのいい27歳に期待感を抱いてフィールドに降りた。しかし、ブッシュ以外、選手は誰もいない――。クラブハウスではチームリーダーのブレット・バトラーが選手を緊急召集し、ブッシュの昇格に全員の異議を確認すると「アルバカーキーまでの片道航空券を渡してほしい」と、時のフレッド・クレアGMに迫っていた。
なぜバトラーは激怒したのか。端的に言えば、ブッシュがストライキに「関与していない」選手だったからだ。それゆえ彼は“裏切り者”と考えられ、実際に選手会への入会を断られ続けた。
ここで、事の経緯を説明すると、94年、新労使協定をめぐり労使交渉が難航。遅々として進まない交渉に業を煮やした組合側は8月にストライキを決行した。一方、オーナー側は年が明けると、選手会に属さずストライキに関与しないマイナー選手で構成する“代替選手”によるキャンプの実施、加えて公式戦まで画策した。そして、泥沼化した労使交渉は予定された開幕前日に妥結され、当初より約3週間ずれ込んで開幕にこぎつけた。
一致団結してストに臨んだメジャーリーガーたちは、その間キャンプに参加していたブッシュを許せなかったのだろう。選手会に入会できないような選手はメジャーに呼ぶな、と。
選手会長「やつはスト破りだ!」。だがファンは…
強い日差しが照りつけるドジャースタジアムで、ブッシュは外野のフェンスを相手にキャッチボールを行い、ただ一人協力を申し出た年配の打撃投手を相手にバットを振った。心地よい乾いた打球音も無人のフィールドでは切なく響いた。ミーティングを終え、フィールドに出た選手会長のバトラーはメディアに囲まれると、決然と言い放った。
「やつはスト破りだ! メジャー枠にふさわしい選手じゃない。一緒にプレーしたくない。ただ同じユニホームを着ているだけの存在だ。奥さんともファミリーな付き合いはしたくない。これが仲間たちの総意だ!」