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全豪11度目Vの国枝慎吾、メンタルトレーナーが明かす“五輪金メダル秘話”「毎日、何百回も『オレは最強だ!』と言う練習をさせた」
text by
高樹ミナMina Takagi
photograph byAFLO
posted2022/01/27 17:00
東京パラリンピックで3度目の金メダルを獲得。ベスト8で終わったリオの雪辱を果たした
「慎吾のメンタルワークは日常の一部ですが、母国開催で金メダルを取るのが夢だった彼は、メンタルワークを一段階上のレベルに引き上げる必要がありました」
「何としても金メダルを取って、最強だということを証明したい」
グランドスラムは年4回あるが、パラリンピックは通常4年に1回。そのためグランドスラムとは別の計り知れないプレッシャーを背負う。特に東京で最高のパフォーマンスと結果を出すことが日本の車いすテニスの未来を変えると自覚していた国枝は、「何としても金メダルを取って、最強だということを証明したい」と意気込んでいた。
実現のためのメンタルワークはクインによって綿密に計画された。項目はコート上でのルーティンや朝晩のルーティン、食事、瞑想、癒やし、睡眠、体のケアなどに至り、テニスの技術的な調整との兼ね合いに細心の注意を払った。
またコーチの岩見亮、トレーナーの北嶋一紀、妻・愛から成る“チーム国枝”と一丸となって毎晩のようにリモートセッションを行い、SNSでも情報を共有。想定し得るリスクの芽を摘み取るバックアッププランも立てた。国枝はそれら全てを理解し、自身のすべきことを完璧にこなしたという。
「それが慎吾と他のエリート選手との違いです。私がよく言うのは『小さな違いが大きな違いを生む』ということ。そこには『通常』と『異常』の違いができます」
些細に見えることにも本気で取り組み継続できる選手は少ないと、数多くのアスリートにコーチングをしてきたクインは言う。
国枝を奮い立たせた“クイン直伝の3つの言葉”
国枝はなぜ長年、ストイックな姿勢を貫いてこられたのだろう? その答えを東京パラリンピックに見ることができた。
大きなプレッシャーの中、シングルス2回戦から決勝までの5試合で1セットも落とさず優勝した国枝は王者の風格を纏っていた。ところが決勝後、実は焦りと不安でいっぱいだったことを記者団に明かした。
「今シーズンは全豪(ベスト4)も全仏(準優勝)も全英(初戦敗退)も敗れて、正直めちゃくちゃ焦ってました。(改良したが元に戻した)バックハンドのフォームが大会1週間前まで定まらず、自分自身を疑う気持ちがすごく出てきて。自分のテニスに迷いもあったし眠れない日もありました」
バックハンドは国枝最大の武器。特にサイドラインに沿ってストレートへ放つダウンザラインはウイニングショットだが、そこに不安を抱え疑心暗鬼になった国枝は、オーストラリアにいるクインと毎日連絡を取り合い自信を取り戻そうともがいていた。
「最初からメンタルの勝負になるとわかっていたので、アンの助けをものすごく借りました。キーワードは『オレは最強だ!』と『I can do it.=出来る』『I know what to do.=何をすべきか知っている』の3つ。これを鏡の前で何度も言って、コートの中でも言って、もうバカみたいに何回言ったかわかりません」