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全豪11度目Vの国枝慎吾、メンタルトレーナーが明かす“五輪金メダル秘話”「毎日、何百回も『オレは最強だ!』と言う練習をさせた」
posted2022/01/27 17:00
text by
高樹ミナMina Takagi
photograph by
AFLO
〈初出:2021年11月18日発売号「国枝慎吾『午前3時、絶対王者がかけた電話』」/肩書などはすべて当時〉
今夏も真の強さを証明した車いすテニス界のレジェンド。その精神力はどう培われたのか。長年支えるオーストラリア人トレーナーが語った。
◆◆◆
また度肝を抜かれた。
東京パラリンピックで3度目のシングルス金メダル。その翌週、グランドスラムの全米オープンに臨んだ国枝慎吾がシングルスの決勝に駒を進め、再びビッグタイトルに王手をかけていた。
ニューヨークへ向かったのは東京大会の激闘を終えたわずか2日後。疲労はピークに達していた。実際、決勝当日は「もう動けないかもしれない」という思いも頭をよぎったというが、内なる自分が叫んでいた。
「オレは最強だ!」
何十万回、何百万回とその身に刷り込んできた国枝の代名詞だ。37歳になった今も世界ランク1位('21年11月現在)に君臨する王者の窮地を何度も救ってきた。
だが、ニューヨーク滞在中のある晩、国枝は午前3時にある人に電話をかけていた。相手はオーストラリアに住むアン・クイン。'06年1月、全豪オープンの車いすテニス大会で出会って以来、全幅の信頼を寄せるメンタルトレーナーである。
何かあったのかと心配しながら電話に出たクインは、「時差ボケで眠れないと話す慎吾は、どうやって試合を勝ち抜けばいいのかわからない様子でした」と振り返る。強靭なメンタルで知られる絶対王者の心が揺れていた。
「なりたいではなく世界一だと言い切るようにしなさい」
クインと出会った当時の国枝は世界ランク10位そこそこの選手だった。それが彼女のコーチングの一環で「オレは最強だ!」と毎朝鏡の前で叫ぶようになると意識が変わり、10カ月ほどで世界ランク1位に上り詰めた。
「メルボルンで初めて会ったとき、世界一になれると思うかと慎吾に訊ねたら、『なりたい』と答えたので、これからはなりたいではなく世界一だと言い切るようにしなさいと言いました。あれから16年、共に力を合わせ、彼が並外れたチャンピオンに成長するのを見てきました。光栄なことです」
そう言って目を細めるクイン。彼女と国枝の東京パラリンピックに向けた心の準備は、今年7月上旬の全英オープン直後から本格的に始まったという。