その効果は例えば、長年のライバルであるステファン・ウデとの準々決勝に表れた。第1セットを2－5から逆転し一気に流れを引き寄せた国枝は第2セットも奪って勝利を収めたが、その突破口となったのがバックハンドのダウンザライン。クインの3つの言葉が勇気を与えた。

「何も新しいことは教えていません。ただ彼の中にあるものを引き出しただけです。長い年月をかけて信じられないほどのハードワークをコートの内外で積んできた慎吾は自分が何をすべきか、対戦相手をどうやって打ち負かすかを知っています。それを解き放つ鍵は自分を信じることにありました。だから私は言ったのです。あなたは史上最強の車いすテニス選手だと。誇りを持って、それを歓迎して、心と体で感じてと。人間の心は事実とフィクションを区別しません。私が慎吾に毎日、何百回も『オレは最強だ！』と言う練習をさせたのも彼の脳に信じ込ませるためです」

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　国枝の気持ちを前向きにするため、「慎吾は後ろを向いて車を運転しないでしょ？」といったユーモラスな言葉も投げかけた。すると迷いのある彼の意識は目の前の1球1ポイントに集中した。

　可視化も有効な手段で、課題にしている技術や参考になる試合のビデオを作成したり、プレーや戦略について話している音声を録音したりして、いつでも視聴できるようにした。また、国枝のスマートフォンとパソコンのスクリーンセーバーに有明コロシアムのセンターコートと金メダルの画像を設定し、いつでも見られるようにした。

「慎吾はそれを見聞きしながら、毎晩眠りに就きました」とクインは言う。

真夜中の電話にも一言「あなたは無敵です」

　東京パラリンピックで金メダルを手にした日本時間9日後、世界ランク2位のアルフィー・ヒューエット（イギリス）と全米オープン決勝を戦った国枝は6－1、6－4のストレート勝ちで2年連続8度目の優勝を飾った。3連敗中の難敵を相手にプレッシャーと疲労を跳ね除けての今季グランドスラム初優勝だった。

　国枝は滅多に弱音を吐かない。だがその裏で、彼の心が揺れるたび王者のマインドを呼び覚まし、本来進みたい道へと引き戻してきたのがクインだ。

　ニューヨークからかかってきた真夜中の電話にも、彼女の答えはただ一つだった。

「国枝慎吾は史上最強のチャンピオン。あなたは無敵です」