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格闘技PRESSBACK NUMBER
「ユートピアみたいな世界」現役慶應大生の“女子レスラー”無村架純が語る学生プロレスの価値《特別フォトインタビュー》
text by
門間雄介Yusuke Monma
photograph byTakuya Sugiyama
posted2021/12/27 11:03
慶應大法学部に在籍し、司法試験合格を目指して勉強に励む傍ら、学生プロレスの選手としても活動している無村架純
必ず「卒業」を迎えるのが学生プロレスの魅力
学生プロレスが通常のプロレスとは異なる最大の点、それは彼らの活動に期限があるということだ。
選手たちは必ず学生プロレスを卒業する。
新人のときは貧弱だった体つきが、2年、3年と年次を経るにつれたくましくなり、体力も技術もピークに達したころに引退試合を迎える。その過程は選手だけでなく、学生プロレスを観る者にとっても感動的だ。どこか高校球児を見守る気持ちに似たものを感じさせるかもしれない。
「わかります。プロレスと甲子園が混ざったみたいな。学生プロレスって期間限定だから、それによって生まれる刹那的な感動がありますよね。私も先輩の引退試合を観たら涙が出ます」
いま大学2年生の彼女に、学生レスラーとして活動できる期間はあと2年しか残されていない。
「だからやりたいことをやっておかないと」
他の選手と比べて不足しているプロレスの知識は、過去の動画を観ることで貪欲に吸収している。先輩選手からの影響で、ハヤブサの試合動画を観ていたところ対戦相手のミスター雁之助にはまってしまい、それをきっかけに彼の決め技である雁之助クラッチをマスターした。コルバタから入る変形の卍固めは、練習中に偶然できた彼女のオリジナル技だ。練習は楽しいし、きついと思ったことはまるでない。
「技の見映えとか、いかに滑らかに試合運びができるかとか、まだまだプロレスのレベルが低いですけど、私はガチ路線もネタもどっちもできる人になりたいです」
「こんなに馬鹿をやれる場所ってほかにない」
彼女にとって学生プロレスは自分が伸び伸びとできる数少ない場所だ。「学生プロレスはなんでも許されるユートピアみたいな世界」。彼女はそう形容する。
「楽しいことが全部詰まってますね。特にKWAは慶應生しか入れないので、わりと仲間意識が強いし、他の学生プロレス団体よりいい意味でも悪い意味でもゆるい。よくみんなで話すんです、KWAは慶應の中でも最底辺というか、社会不適合者の駆け込み寺みたいな場所だって(笑)。だからこそなにをしても許されるようなところがあります。こんなに馬鹿をやれる場所ってほかにないと思うんですよね」
その一方で、彼女には学生プロレスに打ち込むかたわら、司法試験での合格を目指して勉強に励む一面もある。
「中の人はわりとしっかりしてるかもしれないです。でも変なところもあるので、それを無村架純にしてるというか。社会では出したらいけない部分を学生プロレスで出すみたいな使い分けをしていると思います。普通はバットで人を殴ったらいけないのに、学生プロレスなら殴ってもいいとか。それでいろいろ満たされてますね」
いま残念に思っているのは、学生プロレス団体にとって晴れの舞台である学園祭が、今年はコロナ禍で思うように集客できなかったことだ。
「160センチ、55キロ――無村架純ー!」
2022年の三田祭では、そのリングコールに応えて、たくさんの観客を前に試合がしたい。キャンパスの歴史的な建造物である図書館旧館の前には、そこだけは異次元であるかのように、ユートピアみたいな彼女たちの世界が広がっている。