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伝説的女性ボクサーに隠された“壮絶DVとコカイン”…「監視カメラだらけの家」25歳年上の夫コーチによる恐ろしすぎる洗脳生活とは 

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辰巳JUNK

辰巳JUNKTatsumi JUNK

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posted2021/10/29 17:01

伝説的女性ボクサーに隠された“壮絶DVとコカイン”…「監視カメラだらけの家」25歳年上の夫コーチによる恐ろしすぎる洗脳生活とは<Number Web> photograph by Getty Images

1990年代に活躍した「女性ボクシングのパイオニア」クリスティ・マーチン

 支配的なジムにとって、クリスティは「金を稼ぐ道具」のようなものだった。監視カメラだらけの家で24時間監視された彼女は、夫が持ち帰ったコカインに手を出したことでドラッグ依存にも陥っていく。そんな状態でも引退を許されず、朦朧とした頭で試合を行っていったという。

 実の母親まで夫に味方し孤立する状況のなか、転機となったのは、前述の高校時代の恋人、シェリーの存在だ。Facebookで連絡をとったクリスティは、半ば駆け落ちのように元恋人のもとへ向かう。一方、ジムは妻のセクシャリティを暴露していき、世間を震撼させる殺人未遂事件を起こすことになる……。

スポーツドキュメンタリーに見られる「社会問題の再解釈」

『Untold: 勝利の拳とその代償』は、今日的なスポーツドキュメンタリーフォーマットに沿った一品と言える。最たるポイントは、今日的視点による「社会問題の再解釈」だろう。メインとなっているのはクリスティの人生であり、ボクサーとしての誇りや夫婦間問題だが、セクシャリティを明かせぬまま「女性らしいイメージ」を演じた立場に光をあてることで、当時のボクシング界、ひいては社会の性差別や抑圧をも照らしだしているのだ。

「社会問題の再解釈」スタイルを広めたスポーツドキュメンタリーは、O・J・シンプソン事件を探求するなかで当時の人種問題も深掘りした2017年アカデミー受賞作『O.J.: Made in America』とされる。連作である『Untold』シリーズにしても、2004年NBA乱闘事件にまつわる人種差別的な偏向報道に触れる『パレスの騒乱』や、2012年全米オープンを突如棄権したマーディ・フィッシュが精神的な問題を抱えやすいテニス選手の環境について語る『極限のテニスコート』など「再解釈」的な作風が多くを占める。

 人種やジェンダー、メンタルヘルスといった社会問題を重視するスポーツドキュメンタリーの流行は、そうしたイシューへの関心が高まった今日のスポーツ界、ひいては世相を反映するものだろう。そして、ブームはまだまだ続きそうだ。

有名選手にとって、ドキュメンタリーは“発信場所”でもある

 若年層を中心とする需要が最たる理由だが、しばらく題材に困ることがなさそうな制作側の事情も明かされている。『Untold』シリーズのプロデュースを務めたウェイ兄弟によると、膨大なメディア露出をこなしてきたにも関わらず「自らの視点で自分の人生を語れていない」と考えている有名選手は数多いのだという。つまるところ、アスリートたちも、発信場所としてのドキュメンタリーを求めているのだ。

 ちなみに、ボクシング界の性差別を映し出す『Untold: 勝利の拳とその代償』だが、ネガティブな要素に満ちているわけではない。たとえば、ジムが起こした事件によってセクシャリティが公になってしまった際、クリスティの予想に反するかたちでボクシングファンたちがあたたかな歓迎を示すシーンは、作中もっとも感動的な瞬間のひとつだ。こうしたスポーツ文化の魅力の再発見も、ドキュメンタリーの華だろう。

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