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「アディショナルタイムひとつで身の危険にも晒されるから」サッカーの主審時計製造メーカーが“絶対に譲らない”ある工夫
posted2021/10/10 06:00
text by
熊崎敬Takashi Kumazaki
photograph by
Getty Images
サッカーの主審はたいへんだ。敵味方が入り乱れる中でファウルを見極め、揉めごとや抗議をさばき、スプレーで壁のラインを引きながら、時間の管理までしなければいけない。
そんな多忙な主審の手首を見てほしい。彼らの多くが、両手首に時計をつけていることに気づくはずだ。では、時計をふたつもつけるのはなぜ? 答えはアディショナルタイム(AT)を計るため。ひとつをプレーが止まるたびに止め、もう一方を流し続けることにより、その差でATを算出しているのだ。
だが近年、両腕に時計をしない主審も増えてきた。シンプルな操作でATを算出できる、“レフェリーウォッチ”が普及してきたからだ。その代表格が、スウェーデン「SPINTSO」社の「SPT100-GR」(税別1万7000円)。ドイツをはじめヨーロッパで根強く支持されてきた時計が、コロナ禍の日本でも徐々に売り上げを伸ばしているという。
SPINTSOが日本市場にアプローチしたのは2012年。スウェーデン大使館の依頼を受けた「株式会社クレファー」が輸入元となったが、日本デビューは散々だった。同社で製造、品質管理を担当する西村治義さんが語る。
「発売直後から、画面がフリーズするという報告が相次ぎました。原因は静電気だったわけですが……」
ヨーロッパではまったく起きていない現象が、なぜか日本で頻発したのだ。
時計を止めるボタンは「絶対に長押し」
それでもクレファーは、取り引きをやめなかった。スウェーデン人の品質向上に取り組む真摯な姿勢に、心を動かされたからだ。
「私も一緒に改善に携わりましたが、商品とサッカーへの彼らのこだわりには頭が下がる思いでした。例えば時計を止めるボタンは“絶対に長押しじゃなきゃいけない”と主張して譲らない。“ATひとつで審判は身の危険にもさらされるから”と言って譲らないのです」
なお、この時計のモジュールは中国で造られているが、「中国でも熱狂的なサッカー好きが“サッカーは俺に任せろ”と他部署から次々と首を突っ込んでくる。おかげで会議が長引き、人数制限する羽目になりました」。
スウェーデンや中国のサッカー好き技術者の試行錯誤を経て、静電気問題は解消。加えてタイムアップを告げる振動がより大きくなり、バッテリーも約80試合分と大幅に長持ちするようになった。
国境を越える技術者のサッカー愛、それが静電気に悩む時計を復活させたのだ。