競馬PRESSBACK NUMBER
「おじいちゃんが凄い脚を…」ルメールも唸った、藤沢和雄調教師(69)が4年前のキーンランドCで見せた“競馬哲学”
text by
平松さとしSatoshi Hiramatsu
photograph bySatoshi Hiramatsu
posted2021/08/29 06:00
2017年のキーンランドCを9歳馬エポワスで制した藤沢和雄調教師とルメール騎手
ところが結果は冒頭で記した通り見事に優勝。ナックビーナスが逃げてソルヴェイグが2番手。この先行2頭が残りそうになる流れを、後方から直線一気。出走13頭中最も速い上がりの脚を爆発させ、先行勢をまとめて差し切ってみせたのだ。
「おじいちゃんが凄い脚を使った。さすが藤沢先生です」
騎乗したルメール騎手は驚きを隠せない表情で目を見開いてそう言った。
一方、開口一番、皆を笑わせたのは藤沢和調教師だ。
「20キロ増は成長分だったのかな。9歳だけど、まだ成長しているみたいですね」
半ば冗談ではあるが、これで一つ思い出した伯楽のエピソードがあった。
藤沢「トライアルに勝てば自動的に本番、ではない」
話は1995年まで遡る。
この年の4歳牝馬特別(GII、現フローラS)に若き日の伯楽は管理するサイレントハピネスを送り込んだ。このレースはオークスのトライアル。樫の女王を目指すために最終切符を掴めるか?! というレースだった。
サイレントハピネスは前年、今でいう2歳時に4戦して2勝。12月に500万条件を勝った後は休養し、このオークストライアルはそれ以来、約4カ月半ぶりのレースだった。
結果、同馬は3番人気ながらこのトライアルを優勝。自身初となる重賞制覇を飾ると同時にオークスへの出走権も手にした。しかし、レース直後の藤沢和調教師の表情は決して明るくなかった。
「トライアルを勝てば自動的に本番へ向かうと皆、思っているようですが、必ずしもそうは考えていません。もしかしたら次走はカーネーションCかもしれませんよ」
カーネーションCはオークスと同じ週、前日の土曜日に行われる3歳牝馬の限定戦。残念ながらオークスを除外されたり、間に合わなかったりした牝馬達が出走馬のほとんどを占めるレースだ。オークスの出走権を得た馬が、GⅠには使わずにこちらに回って来る例など、聞いた事がなかった。しかし、名調教師がそう言ったのにはしっかりとした理由があった。オークストライアルを振り返る藤沢和調教師は言った。
「この時期の若い馬が、休み明けにもかかわらず体を減らしていた。これは歓迎出来る材料ではありません」
先述した通り、2歳時以来の出走だったサイレントハピネスだが、馬体重は前走比マイナス10キロの442キロ。レースは勝利したとはいえ、これが藤沢和調教師には不満だったのだ。
「本番までの上がり目を考えなくてはいけないのに、休み明けでマイナス体重。勝ったから良いというモノではありません」