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「野獣」と呼ばれた松本薫はなぜ“名解説者”になったのか 「ほんとうの天然だったら、オリンピックチャンピオンになれないです」
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byJMPA
posted2021/08/03 17:02
ロンドン五輪の金に続きリオ五輪でも銅メダルを獲得した松本薫。今大会では解説者としての活躍が大きく注目された
「天然だったら五輪チャンピオンになれない」
ただ、実はそれらのイメージとは異なる姿を見せてきたし、周囲もそう語ってきた。
「ほんとうの天然だったら、オリンピックチャンピオンになれないです」
以前、そう語った人がいる。帝京大学時代、松本の1年先輩で、同部屋だった穴井さやかだ。男子100kg級の柱として活躍した穴井隆将の妹であり、国内外の大会で活躍したあと指導の道に進み、今春、帝京大学柔道部女子の監督に就任している。
穴井が見た大学時代の松本は「柔道に熱心で、100やると言ったら100、120やる選手」。ノートをつけるなど熱心だったという。松本自身は、穴井が「几帳面に記録しているのが参考になりました」と語っている。競技への真摯な取り組みがうかがえるし、綿密な鍛錬を重ねてきたことが伝わる。
「7人家族でいろいろな人に助けてもらってきた」
卒業後も帝京大学の柔道部で練習していたが、「とても勉強になります」と松本の姿勢に学ぶ後輩たちがいた。熱心に練習する合い間には、「もっとこうしたらいいよ」と穏やかにアドバイスをおくる松本の姿があった。休憩時間になれば、後輩たちと冗談まじりに雑談する姿もあった。
松本自身は、そうした後輩への姿勢をこう語っていた。
「後輩を導くとかそんな大それたことを思ったことはないですけど、自分も先輩に助けられたりしてきたので、何か役に立つことがあれば、と思います」
何よりも原点に、「自分は人の支えがあって、ここまで来れた」という思いがあることを、ロンドンで金メダルを獲ったのちにこう表現している。
「自分はそんな優れた人じゃないです。ただ、家が5人きょうだい、7人家族でいろいろな人に助けてもらってきたんですね。柔道もみんなに支えてもらってきた。なかなかないことじゃないですか。それを考えれば、自然に周りの人のことを思うようになります」
松本が引退を発表したあと、48kg級のリオ銅メダリスト、近藤亜美はこう語った。
「すごく強いんですけど、全然威張ることがなくて、親しみやすかったです。(初めてシニアの国際大会に出場した際)何も分からなくて困っていたとき、『打ち込みをしようよ』と声をかけてくれて」
それもまた、松本の人柄を物語っている。