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「聖光だけが出る福島のレベルは低い」が終わった日…球速125km&スライダーのみ「166cm左腕」が絶対王者を破るまで《夏の甲子園》
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph byGenki Taguchi
posted2021/08/01 17:02
福島県大会で「87連勝」していた聖光学院を破った光南高校のピッチャー・星勇志(166cm・67kg)
大股で歩くように股関節と膝を曲げ伸ばしするランジ。瞬発力を養うべく40メートルダッシュ、持久力を高めるため学校周辺の丘をランニングと、これらを対外試合が解禁される3月まで毎日のように実施した。
技術面では「そこまで大胆なことはしなかった」と星は言うが、変化球は1学年上のエース、國井の助言を基にチェンジアップを習得し、カットボールも投げられるようになった。投球フォームも、小さな体を目一杯使えるようにと、同じ左腕で日米通算182勝の石井一久(現楽天監督)の投球フォームを参考にするなど、理想のフォームを追求した。
星の探求心は、より潜在的なところにまで及んでいた。代表的なところで言えば、爪の手入れだ。
本人が言うに「誰かは忘れましたけど、練習試合の相手ピッチャーの爪がきれいだったんで、自分も真似しようと思って」と、昨秋から爪を切らず、やすりを使用して1ミリ程度の長さをキープするようにしているという。
爪はプロの投手の多くが細かく気を配っている箇所だ。ホークスや巨人で通算142勝を挙げた左腕の杉内俊哉が、こんな話をしてくれたことがあった。
「爪が長いとボールを投げづらくなる。逆に短いと、血マメができやすくなる。しっかり指にボールをかけてリリースできる、絶妙な長さをキープすることが大事。こればっかりは本人の感覚なんで個人差はありますけど」
能力がないと認めるところからスタートし、地道な努力を重ねた。
聖光学院監督も「左では県ナンバーワン」
星のひたむきな歩みは、「ピッチャーがいない」と嘆いていた渋谷も評価する。
「これはチーム全体にも言えることですが、まず『みんなで強くなろう』と前向きに練習できたことが一番だと思います。星に関しては、今までのピッチャーより意識と向上心が高い。『上のステージでも高いレベルで野球を続けたい』と、具体的な目標を持っていることも大きいんでしょうね。それが、ピッチャーとしての成長にも繋がったんじゃないかなって思います」
ひと冬越え、120キロ台だった球速は最速で138キロまでアップしていた。
春季大会では聖光学院に敗れたが、相手の斎藤智也監督に「能力は抜群。左では間違いなく県ナンバーワン」と言わしめた。練習試合などで対戦経験のあった県内の監督たちも、「秋はそこまで印象になかったが、ここまで化けるとは」と舌を巻いていたほどである。
実現しなかった「甲子園、絶対に行けよ!」
そして迎えた、リベンジの夏。光南の絶対エースは絶対王者の連覇を断つ快投を披露した。秋の宣言通り、チームを助けたわけだ。
「星君を褒めるしかない」
潔く敗北を認めた聖光学院の監督から、星は試合後、激励を受けた。
「甲子園で投げるのにふさわしいピッチャーだ。絶対に行けよ!」
光南、そして福島の高校野球の歴史をも動かした「小さな大投手」は、しかし、夢を実現させることはできなかった。