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シャラポワが34歳に “引退会見もしなかった”ロシアの妖精はなぜ「孤独な強さ」を追求したのか?

posted2021/04/19 11:01

 
シャラポワが34歳に “引退会見もしなかった”ロシアの妖精はなぜ「孤独な強さ」を追求したのか?<Number Web> photograph by Getty Images

本日4月19日にシャラポワの34回目の誕生日だ

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山口奈緒美

山口奈緒美Naomi Yamaguchi

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 昨年の全豪オープンは、このパンデミックで世界が混乱に陥る前の、正常で盛大だった最後のグランドスラム・イベントである。その舞台を最後に、2人の元女王がコートを去った。一人はカロライン・ウォズニアッキ、もう一人はマリア・シャラポワだ。

 ただし、2人の引き際は今思えば対照的だった。ウォズニアッキはその大会で現役生活に幕を下ろすことを1カ月前に発表し、別れを惜しむファンの熱烈な声援を受けながら3回戦まで勝ち進んだ。敗れた直後にはお別れのセレモニーが始まり、彼女のテーマソングともいえる『スイート・キャロライン』が流れる中、コートのスクリーンに数々のメモリアル・シーンが映し出された。涙のオンコート・インタビューはファンの記憶に今も残る。

正式な引退会見や華やかなセレモニーもなかった

 一方、1回戦で世界ランク20位のドナ・ベキッチにストレートで惨敗したシャラポワは、その約1カ月後に突如現役引退を発表した。それも、ファッション誌『Vogue』と『Vanity Fair』の電子版に寄せたエッセイの中で静かにその決意を綴ったのだ。だから私たちの多くは、シャラポワが最後にコートでどうふるまったか、どう去って行ったかを記憶していない。

 コロナ禍で最初にツアー大会の中止が発表されたのは、それからわずか2週間後のこと。そういう時期でなかったなら、正式な引退会見や華やかなセレモニーが催されただろうか。多分、そうはしなかっただろう。シャラポワは以前、こう話したことがある。

「これが私の最後の試合です、と世界中のファンに知らせてコートに立つ必要があるとは思わない。そういう終わり方は私らしくないと思ってきた」

 2017年に刊行した自伝の中では、テニスツアーを「私の戦場」と表し、「戦場で友達を作ることに関心はない。仲良しになれば、自分の武器を捨てることになる」と綴ったが、引き際の姿もその「戦場」での生き様の延長線上であり、行き着く先だったのだろう。

 自ら選んだ孤立はシャラポワの強さの源だったが、ドーピング違反が発覚したとき、ツアー仲間からシャラポワを少しでも擁護したり、同情したり、心配したりする声がまったく聞こえてこなかったことは、その生き方の代償だったのかもしれない。

【次ページ】 ともに女子テニス界を担ったセリーナとは…

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