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「私は時代に恵まれました」主婦レーサー平山智加35歳に聞く“なぜボートレース界で女性は輝いているのか?”
text by
長田昭二Shoji Osada
photograph byBOATRACE振興会
posted2021/03/13 11:03
レーサーであり主婦でありYouTuberでもある平山智加選手
最も印象に残っているレースとして挙げてくれた、2008年5月20日からボートレース丸亀で開催された一般戦競走も、その背景には夫婦レーサー(当時はまだ夫婦ではなかったが)ならではの思い出がある。
「実は私が一般戦で初優勝した日が、主人と私の“両家顔合わせ”の日だったんです。優勝したその足で顔合わせの会場に行けたことが本当にうれしかった。主人もその少し前に徳山で優勝していたので、二人にとってまさに最高の一日になったんです」
「『子どもを持っても続けられる』ことを証明したい」
高校まではバスケットボール部で活躍していた平山。そこで培った体力、筋力、瞬発力、周辺視野などを、彼女は“貯金”と呼ぶ。その貯金は、ボートレーサーになってとても役立った。ただ、30歳を過ぎ、出産を経験して、その残高が減ってきたことを実感し始める。
現役年齢の長いボートレーサーは、若手、中堅、ベテラン……とそれぞれの年代に応じたレーステクニックを身に付け、使い分けることで活躍し続けることができる。
では、主婦として、母親としてボートに乗り続け、輝き続けるために必要なこととは何なのか。
「確かにバスケで蓄えた体力などの貯金はがなくなったのは痛かった。でも、30代には30代なりに、若い頃にはなかった絶対的な経験値があるのも事実です。最近は、その経験値をうまく活かして克服していけばいいんじゃないか、と思えるようになってきました。ただ、簡単なことではないですけどね(笑)」
いまは前向きに語る一方で、出産を機に競技から離れたときには不安に苛まれたという。
「結婚は早かったけれど出産は遅くて、上の子を産んだのは32歳。レースを離れることへの不安はありました。それでも、ずっと欲しかったのになかなかできなくて、諦めかけていたところでようやく授かった子宝なので、嬉しさのほうが大きかったですね。
もちろん休み明けにボートに乗る時は恐かった。ゼロからのやり直し、というよりマイナスからの出直しでしたから(笑)。ただ、他の選手に遅れを取ってしまった分だけ伸びしろがある、と考えて、前を向くことにしたんです」
レースの時はレースに集中し、家に帰れば育児と家事が待っている。
「ちゃんとご飯も作ってます(笑)。普通の主婦、普通のお母さんをしながらボートレーサーを続けることは決して簡単ではないけれど、ありがたいことに私はそれをできる環境にいるし、それを家族が支えてくれている。
だからこそ私は『ボートレーサーは子どもを持っても続けられる仕事だ』ということを証明しなければいけない、と思っています。目標は“最低でも50歳までは現役”です!」