この場面、両チームのベンチがめまぐるしく動いた。三菱ふそう川崎は5番の指名打者・桑元の打順だったが、この日3打数無安打2三振だった桑元自ら垣野監督に代打を進言。腰や股関節の故障を押しての出場だったこと、コーチ兼任ということでの客観的視点もあり「僕、体動かないです」と7回の攻撃前から垣野監督に伝えていたのだった。一打勝ち越しの場面となったため、垣野監督はベテランの力に頼ろうともしたが桑元は再度断った。そのため、代打に左の強打者・三垣勝巳（現東京農業大学北海道オホーツク監督）を送った。

　それを観て野村は左腕の上田博之をマウンドに送る。今度は垣野監督が代打に右打者の石塚信寿を送る。石塚は前年限りで廃部となったローソンからの移籍選手。シダックスには同じタイミングでローソンから移籍した野口晃生（現東練馬リトルシニアコーチ）がいたことで、野村は野口に特徴を尋ねた。すると、野口は「スクイズは無いです」ときっぱり答えた。

　だがアマ球界の名将の一手は初球スクイズだった。今でもOB会では「野口、お前のせいだ」と弄られるほどのシーンだが、三菱ふそう川崎ベンチも同じ驚きを持っていたと桑元は振り返る。

「石塚はそんなにバントが上手い選手じゃありません（笑）。でも真面目でひたむきな人間性を信頼してスクイズのサインを出したんだと思います」

　球場の誰もが唖然とするようなスクイズは綺麗に決まり、ついに三菱ふそう川崎が勝ち越しに成功した。

　シダックス捕手・坂田は「スクイズはまさかでした。牽制球を1球入れるべきでした。その動きでヒントを得ることもできましたから」とあの場面を今でも悔やんでいる。

悪夢のような逆転劇

　さらに攻撃を強めた三菱ふそう川崎は、代わってマウンドに上がったシダックス杉本忠から高根澤力（現文星芸術大附属高校監督）がタイムリーで続き、西郷が生還。ポーカーフェイスの西郷はホームインとともにガッツポーズで喜びを爆発させ、6回までの無失点が嘘のように5対3と試合をひっくり返した。一方、野村シダックスにとっては悪夢のような7回表となってしまった。

　その後、シダックスは反撃を試みるが7回も次打者にキンデランを控える場面で併殺に倒れるなど、5回から3イニング連続で併殺によって攻撃を終えるほどの相手守備陣の堅守と4回途中から登板した2番手左腕・谷村逸郎を前に得点を加えることができなかった。9回裏に主将の松岡淳（現関メディベースボール学院監督）が1点差に詰め寄る本塁打を放つが、あと一歩及ばず。三菱ふそう川崎が5対4で接戦を制して3年ぶりの栄冠に輝いたのだった。

三菱ふそう川崎の胴上げを見て悔しい表情を見せる野村　©︎Kyodo News