格闘技PRESSBACK NUMBER
「打撃なし“骨抜き”柔道で警察官は仕事ができるか!」100年前に“柔道vsボクシング”を企画したヤクザの思惑
text by
細田昌志Masashi Hosoda
photograph byKYODO
posted2021/02/13 11:03
講道館柔道の創始者・嘉納治五郎(左)。約100年前の柔拳試合(柔道vsボクシング)を伝える神戸新聞
《富永亀吉を殺した陰の役者は、嘉納健治だという噂もある。嘉納の身辺を護るために、熊本から嘉納の舎弟分、牛島和男が数人の子分を連れ、牧野天山の子分とともに船で神戸まで来ている》(『任侠百年史』藤田五郎著/笠倉出版社)
浅草オペラの大スター、高木徳子の後見人として劇場公演や巡業の一切を取り仕切り、興行界の顔役となったのもこの頃だ。喜劇役者の古川ロッパの日記からは、日常の健治の人となりが伝わる。
《十一月二十三日(月曜)宝塚千秋楽。今日で千秋楽なり。座へ出ると満員。一回の終りに、楽屋へ大変なのが乗込んで来た。神戸の有名な親分で嘉納健治といふ、ピス健で通ってる大者、これが座り込んでビールをのんでゐる、柳に「若い者にのませろ」と三十円ばかり出したと言ふ、挨拶に行くと、小男だが中々面白い奴で、大したタコの上げ方、「お前の芝居はいかん」とさんざんやり込められたが面白くて腹も立たない。(中略)
ピス健、曰く、お前は相手の目を見ないで芝居をする、いかん。又曰く、口を動かしすぎる、手も足も動きすぎる、もっと、おほらかにやれ。一々うまいことを言った》(『古川ロッパ昭和日記〈戦前篇〉新装版』滝大作監修/晶文社)
「(打撃のない)骨抜柔道で、警察官は困難な職務を遂行出来るか」
そんな嘉納健治が、柔拳興行を催したのも、稼業と言ってしまえばそれまでである。しかし、柔拳興行の開催にあたって朝日新聞の取材に応じた際、講道館柔道の現状を次のように憂いていたのだ。
《今の骨抜柔道で以て、警察官はよく困難な職務を遂行する事が出来るであらうか何うか。拳闘は柔道に於ける当身と同様である。之に対抗して訓練された柔道なればよく当身も利き、又凶器を防御する事も出来るが此の訓練が無うて何で敵を制御することが出来ようぞ》(大正9年10月21日付/大阪朝日新聞神戸版)
やくざが警察を心配するのも妙な話だが、健治が嘉納治五郎と同質の問題意識を共有していたことは、上の記事から判然とする。
「vsボクシング」以外にも「vsレスリング」「vs相撲」…
黎明期の柔道競技と柔拳興行に詳しい会津大学の池本淳一准教授は、早大スポーツ科学学術院に助教として赴任していた頃、筆者の問いに対し次のように述べている。