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「MLBはいま、コンテストをやっている」イチローが高校球児に伝えたかった“日本野球の美しさ”
posted2020/12/14 17:01
text by
笹田幸嗣Koji Sasada
photograph by
KYODO
イチローさんが高校球児に伝えたかった日本野球の素晴らしさ――。
初指導は「見て」「感じて」「表現する」が3本柱となった中で、最も伝えたかったことは「考えることの重要性」だった。
イチローが名門・智弁和歌山で“初指導”
春・夏の高校野球で3度の優勝を誇る名門・智弁和歌山の野球部員にとっても夢のような時間。走攻守に於いて、日米のプロ球界で最高峰の選手であり続けたイチローさんの言葉、指導がどれほど彼らの心に刻まれたのだろうか。このプラン、実はイチローさんが現役としてプレーしていた18年オフから温められてきたものだった。
当時はまだうっすらとしたイメージでしかなかったが、点から線となり、具現化したのは、同校をイチローさんが訪問した時に遡る。
ブラスバンド部が応援楽曲として有名なオリジナル曲「ジョックロック」をイチローさん用にアレンジし、その他にも十数曲を音楽データとしてイチローさんに贈ったことが発端となった。
その頃。イチローさんの周辺ではこんな声がささやかれていた。
“19年3月の日本開幕戦後の引退は既定路線”
まことしやかに流れる声を覆すため、イチローさんは懸命にトレーニングに励んだ。
そんなときに贈られた「ジョックロック・イチローさんバージョン」。彼は自室で、時には愛車で『魔曲』を聞き、力に変え、涙したことさえあった。
その後、同校の藤田清司理事長をはじめ、教職員チームとの草野球などで関係を密なものに築き上げていったイチローさんは、引退後に学生野球資格回復研修も受講し、ようやくこの日を迎えた。
「最近、高校野球をよく見るんです」
その間、イチローさんには思うことが多々あった。それは愛する野球の現在地についてであった。
「2001年にアメリカに来てから2019年現在の野球は、まったく違うものになりました。頭を使わなくてもできてしまう野球になりつつあるような。(中略)頭使わないと出来ない競技なんですよ、本来は。でもそうじゃなくなってきているということに危機感を持っている人がけっこういると思うんですよ。だから、日本の野球がアメリカの野球に追従する必要なんてまったくなくて、日本の野球は頭を使う面白い野球であって欲しいなと思います」