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高卒1年目で異例の戦力外通告…どん底から一軍に這い上がったオリックス本田仁海「負けてらんない」
text by
米虫紀子Noriko Yonemushi
photograph byKyodo News
posted2020/11/27 17:01
11月1日の日本ハム戦でプロ初登板初先発を果たした本田仁海。4回7失点とホロ苦いデビュー戦となったが、得るものも多かった
高卒1年目のオフに戦力外通告
2年前の10月、本田は戦力外通告を受けた。当時は星槎国際高湘南からドラフト4位で入団したばかりの1年目。高卒1年目での戦力外通告は異例中の異例だ。
本田はその年8月9日のウエスタン・リーグ阪神戦の登板中、急に右肘に違和感を覚え、マウンドを降りた。肘の裏側に、ぐっと詰まるような感覚があった。最初は炎症と診断されたが、のちに疲労骨折と判明。9月に手術を受け、右肘には2本のボルトが埋め込まれた。
本田にとっては大きな怪我も手術も初めてのことで、不安にさいなまれた。
「先が見えなくて怖かったですね。どうなるんだろう? ちゃんと投げられるようになるのかな? 元に戻るのかな? また150km出るのかな? って」
そんな時に、戦力外通告を受けた。
「まさか、そういうことになると思っていなかったので、正直ショックでした。え、どういうこと? って……」
育成契約が前提ではあったが……
育成契約を結ぶことが前提で、球団からは「支配下契約だとどうしても一軍を目指して焦りも出てしまう。一度育成契約にして、怪我を治すことに集中してほしい」という説明を受けた。のちに、「治療に専念できたので、あの期間はよかった」と受け止められるようになったが、当時の動揺は大きかった。
「一軍に上がれない、上がる資格がなくなるわけですし、背番号も1年足らずで3桁に変わるって、やっぱりショックでした。1週間ぐらいは気持ち的に揺らいでいました」
女手一つで育ててくれて、1年前にプロ入りを喜んでくれた母のもえみさんに知らせることが何よりつらかった。言わないでおこうかとも思ったが、球団から公表されればどのみち知ることになる。
「それなら、自分の口から先に言おう」と、電話で報告すると、もえみさんは、「しかたない。早く怪我を治して、また戻るしかないよ」と言ってくれた。